
メダカと暮らす
子育てもひと段落し、子どもに相手にされなくなってくると、何かを育てたくなるのだろうか。
それとも、日頃の疲れや鬱積を何かに打ち込むことで忘れようとしているのだろうか。
とにかく、昨年くらいから、これまでは枯らすばかりだった植物を育てるなどしている。いったいどういう風の吹き回しだろうか。
とはいえ、いくらなんでも犬や猫などの生身の動物を育てることはさすがに私には無理だ。排泄物の始末や獣だけに毛の手入れなど私の手に負えるはずもない。
昨秋、近隣の庭園に行った。散策もそこそこに、帰りがけ、長い廊下で業者が珍しい種類のメダカを売っている。青く光るメダカ、緋色のメダカ…興味が湧き、相当惹かれたが、衝動買いだと気持ちを抑えた。一方、母は買って帰り、玄関先の室内で育て始めた。母に倣い買うべきだったかと時々思い返していた。
そうこうするうち、今年3月、今度は隣県までドライブした。直売所で、他の地元野菜や土産品とともにフナやドジョウ、そしてメダカなどが売られていた。家にある釣果入れをとりあえず棲家にしよう。エサはここで売られている。私にもできそうだ。今度は迷わず買った。ありふれた土色のメダカが2匹売られていた。
水換えや餌やりなど時々エビデンスありなしにかかわらずネットの情報を参考に少しずつ知識を仕入れ、飼育をしてきた。
実は、10年から15年ほど前に、どういう経緯かは忘れてしまったのだが、大量のメダカを飼っていた。当時はほとんど世話をせず、水も汚いままで水槽を分けずとも自然に任せ、といえば聞こえはいいが、面倒だから何もせずともメダカはどんどん増えた。近所の人が(それも誰だか忘れた)うらやましいと欲しそうな顔をしていたことだけが記憶に残っている。やがて面倒くささだけが残存し、どんどん汚れていく水槽を見て見ぬふり。水が減り、寒い冬、緑色に濁った水が凍って全滅させた苦い苦い思い出が残っている。
時は過ぎ、昨夏、個人的にお願いして水族館で働く方に直接仕事の内容などについてお話をうかがう機会があった。その中で、
「メダカなどは元々強い生き物だから少々環境が悪くても生きることができる。だけど、環境を整えてきちんと育ててみてはどうだろう。」と、教えていただいた。
そんな長い序章を経ての今回のメダカ飼育劇場の始まりである。
2匹で始まったメダカの飼育。1匹は大きく、1匹は小さい。定期的に水換えをしつつ、飼育は順調に思えた。ただ、一度水換えの時に小さな方を植木鉢に落としてしまったことがある。慌てて水に戻して事なきを得た。気を良くして、5月、ホームセンターでメダカ用の安い鉢を購入した。ますますそれらしくなり、毎日鉢の中のメダカを眺めるのが楽しかった。
しかし、眺めるのは夜。いつも大きい方しか見えないことに気づいたのは週末だった。1匹が忽然と姿を消した。

また水換えの時に落としてしまったことに気づかなかったのか、など自分のしでかしそうなミスに怯える。ネットなどでいろいろと原因を考えたが、もちろん自分のミスかもしれないが、それ以外で考えられるのは何の防御もせず鉢ギリギリのところまで水を入れていたため、もしやだが鳥などに持って行かれたのではないかというところだ。
1匹になってしまったメダカ。大きな鉢の中で悠々泳ぐ。こちらが寂しい。どこに買いに行くかもわからない。ジモティーなどで手に入れることも考えたが勇気がない。何でもAmazonで探すのが恒例だ。珍しい品種のメダカや匹数の多い商品ばかりの中、珍しくない普通のメダカ5匹セットの商品を見つける。生体の輸送ということが気がかりだが、そう遠くない場所から来るようだったので思い切って購入した。
届いた5匹のうち1匹はこちらの扱い方もあり、弱々しく去って行った。ただし1匹は卵をつけてやって来た。メスのお越しだ。合わせて5匹の生活が始まったが、卵をつけるのは後にも先にもこの1匹だけ。メスは5匹中1匹のようだ。しょっちゅう産卵するので、可能な限り隔離して水草に産みつける時間を設ける。
たくさんの針子(稚魚)に恵まれ、多く育っているようにも見えたが、容器の入れ替え時などのロスも含め、数が減っていく様子だった。ボウフラに小さい針子、先に生まれた大きめの稚魚で同居可能と思っていたが、ある日針子とボウフラが見当たらない。その日以来、大きめの稚魚と次から生まれる針子は別の容器で育てることにした。

現在、大きな稚魚6匹、無数の針子が育っている。さて、ここからどうなるか、生存率は高くないと考えられるので、あまり深刻にならずに飼育に取り組もう。
考えてみればこの子たちはみな同じ母親から生まれたということになる。生まれた稚魚の中にメスがいることを願う。今のお母ちゃんは産卵続きで疲れているだろう。もう少し大きくなり成魚と呼べるくらいになれば、「異動」なども考えてみるか。メダカは見る限り気性が荒いので、「異動する」とイジメが起こるだろうか。元々の主はあとから来た4匹に戸惑っていたし、その中で最も強い1匹と長い間競り合いをしていた。今は折り合いをつけたのか互いに関わらないようにしているようだ。争いを避けるため、強い1匹を分けるとしても、残りの中でまた強弱ができるらしい(エビデンス不明のネット情報)。
やれ、どこかで見聞きする人間社会と同じ構図だ。夜仕事で疲れて帰った時。朝早く目覚めてしまった時。スイスイ泳ぐメダカを眺めていると飽きない。すぐに時間が過ぎる。
毎日エサをやり、稚魚の水槽でウヨウヨと泳ぐボウフラを100円ショップで買ったあく取りですくい、成魚の鉢に移す。すぐに成魚が飛んできてパクリ。週末には水換えと時々水槽掃除をする。本来の自分の性質からは考えられないほどのまめさだ。苦痛でないのが不思議だ。
しかし、構い過ぎてかえって稚魚の生存率を下げている気もしてくる。昔何も手を加えずとも意外に増えていったような。子育てと一緒で構い過ぎはよくないのか、ととにかく人間社会と結びつけて考える。
口元をだらしなく緩ませてメダカを眺める日々はしばらく続きそうだ。
