第1部:これからの私たちのエネルギーの作り方・使い方、そして暮らし方
専門家インタビュー
■プロフィール:相川高信氏 2004年3京都大学大学院農学研究科を修了し、ブナ林の季節動態の研究により森林生態学分野での修士号を取得。同年4月に三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱に入社し、森林・林業分野の調査・コンサルティングに幅広く従事し、林野庁や地方公共団体、林業・木材産業界と幅広いネットワークと信頼関係を構築する。特に、林業分野の専門的な人材育成のための研修プロジェクトに10年以上に渡って関わり、2016年3月に北海道大学大学院農学研究院より、森林・林業分野の人材育成政策をテーマに、博士(農学)を取得。2015年より全国各地で森林を監理するフォレスター(自称も可)の交流プラットフォームである「フォレスター・ギャザリング」を主宰。
東日本大震災を契機に、木質系を中心にバイオエネルギーのプロジェクトに多数関わるようになり、日本において、持続可能なバイオエネルギー利用を実現するために、2016年6月より自然エネルギー財団に参加。バイオエネルギーの持続可能性の問題に早くから取り組み、2019年4月より経済産業省資源エネルギー庁バイオマス持続可能性ワーキンググループ委員を務める。
講演や執筆も多数行っており、著書に『先進国型林業の法則を探る』(全国林業改良普及協会)、『森林を活かす自治体戦略(分担執筆)』(J-FIC)などがある。
(インタビュアー GREEN FORESTERS 中井)
1、きっかけは東日本大震災
中井:これまでどんなお仕事をされてきたか教えてください。
相川:自然エネルギー財団では、2016年から働いています。その前は三菱UFJリサーチアンドコンサルティングという民間のシンクタンクで働いていたのですが、森林組合の人材育成の研修や国の制度設計など、今よりももっと林業ど真ん中の業務を担当していました。
自然エネルギー財団に参画したきっかけは東日本大震災です。震災直後の1年間、林野庁の仕事で、津波で発生したがれきをバイオマスとして利用できないかという調査で、岩手県の沿岸地域に通っていた時期がありました。岩手県は、今は日本郵政の社長で、『日本消滅』という本の著書でもある増田寬也さんが県知事をやっていた時代、先進的にバイオマス利用を進めた県でした。しかし、当時は住民だけではなく役場の人的被害も大きい中で、高台移設や防潮堤の整備など先にやるべきことも多く、先進的と言われていた岩手県でもバイオマスを活かす事例を作ることは難しかったです。
その後、全国の先進事例と呼ばれるところもたくさん見に行ったのですが、どこも色々と問題があってなかなかうまくいっていないというのが分かって、すごくもったいないと。当時は原発問題もあり自然エネルギーでやっていこうという機運が高まって、バイオマスも地域のエネルギーという観点で王道であったのですが、このままでは全然ものにならないまま終わってしまう・・・そんな中、震災を機にソフトバンクの孫正義さんが設立した自然エネルギー財団に声をかけられて移りました。
2、バイオマス発電の位置づけ
中井:財団に入ってからはどんな仕事をされているのですか?
相川:地域の材を使って地産地消のシステムを作れないかという課題意識の下に財団に入ったのですが、今は海外から輸入されるバイオマス燃料の持続可能基準づくりの検討にかなりの時間を割いているのが事実です。
実は現在、国内で稼働している大手のバイオマス発電所は商社が海外で燃料を開発し、それを輸入して日本で使う、というのが主流になっています。私は、輸入という方法を全て否定はしませんが、例えば熱帯雨林を全部伐って日本に持ってきて燃やしてクリーンな燃料です、というのはおかしい。そこで、環境や人権問題も含む「こういうものなら使っていいとしよう」といった持続可能基準を作って制度の中に導入すべきだということに力を入れています。
中井:バイオマスを含む自然エネルギーでは、日本の電力需要を賄えず天然ガスなどの化石燃料に頼らざるを得ないという意見もあります。
相川:自然エネルギー財団では、2050年に再生可能エネルギー100%で供給が可能かという研究をしています。コスト面では、実は今、太陽光と風力が世界で1番安い電源なんです。ほとんどの化石燃料よりも安い電力になってきています。今まで気候変動の世界的な取組は、経済活動との両立が確保できないために頓挫してきたのですが、2015年にパリ協定が成立・合意できたのは再生エネルギーに切り替えても見通しが立つことに世界が気付いたからだ、と私は考えています。加えて、再エネの資源は、世界中どこでも膨大にあって、安く利用できるようになるので、資源国の利権がほとんど意味をなさない時代になっていく、それは世界の平和にも良いことだと思います。
自然エネルギーの中でバイオマスは、太陽光や風力を支えるような立ち位置が理想的です。例えば、冬の日本海側は太陽光が少なく電気が足りなくなる可能性が高いので、そこをバイオマスでの発電や熱利用で補う形ができそうです。日本では明治維新の人口3000万人くらいの時にはすでに禿山が広がっていたので、今の人口や経済活動の規模で、木質バイオマスがエネルギーの主流を担うことは無謀でしょう。
中井:中長期的には自然エネルギーが主流の世界に進むことに異論はなくても、ライフラインである電気やガスを止めずに転換していくことは技術的にもすごく難しそうですよね。
相川:太陽光や風力は季節によって発電量が大きく異なるので、そこをどうするか考えないといけません。太陽光は昼と夏、風は夜と冬のほうが強いので互いに補完しあう関係にあるのですが、その中間としてバイオマスを用いることや、水素などを作って貯蔵する、または巨大なプールや岩に熱エネルギーとして貯めておいて利用するという方法もあります。太陽光と風力が変革の主役であることは間違いないのですが、それだけでは解決できないので、周辺の技術も使いながらエネルギー転換を進めていかなければいけません。
3、私たちにできること
中井:僕たち一般市民ができることって何かあるのでしょうか。
相川:自分たちの暮らし方・エネルギーの使い方が大きく変わるという想像力を持つことだと思います。
その中でも、自分の住宅の屋根に太陽光パネルを載せるというのはすごく大事です。「研究者が本気で建てたゼロエネルギー住宅(三浦秀一著、農文協2021年)」という本に、実は夏に限ると日本の4人世帯の電気消費量と屋根の面積が、ちょうどぴったり収支が合うのでほぼ自給できる、と紹介されています。しかし、冬季の暖房などの熱需要は賄えないので、薪ストーブやペレットストーブと組み合わせるなどが自然な方向だと思います。
画像引用:freepik
今では、太陽光パネルを屋根に乗せれば、20年間のトータルコストでみたら電力会社から買い続けるより安くなっています。今はまだそれなりに丈夫な屋根じゃないと太陽光パネルは乗らないですけど、技術革新が進めば軽量化されたものや壁面に設置できるものが出てくるでしょう。さらに、電気自動車を自分たちの太陽光パネルで充電できるようになると、光熱費やガソリン代の負担がものすごく減って、地方で暮らしやすくなる可能性ってすごくあると思います。
一方で、電気自動車が普及したとしても、乗り合いの車が増えたり、eバイクやeスクーターをもっと当たり前に使うというような、暮らしをシフトしていくことの方に時間かかるかもしれないですよね。暮らしや町のインフラから議論を進めていく必要があると思うので、未来への想像力が必要になると思います。
政策的にも、それぞれの地域で自由に発想して利用が進む様に、特に都市と地方の違いに注意しながら、まんべんなく利用できる方向に進めていくべきです。
中井:なるほど。一方で産業用エネルギーは大きな洋上風力が期待されていますね。
相川: 洋上風力は大型化することで真価を発揮するので、大きな工場などの大規模な需要を賄っていくと思います。でも地域で考える場合は、まずはその地域の住宅とお店やオフィス、地域の産業を賄えればよくて、大きな工場はそちらで考えてください、でいいと思うんですよね。製造業では例えばAppleなどのIT企業も全て再生可能エネルギーで作らないと部品を調達しないって言い始めているので、これまでたくさんエネルギーを使っていた産業も変わらざるを得なくなっていくのではないでしょうか。
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【参考文献】
1「木質系震災廃棄物等の活用可能性調査」NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク 2012年5月25日・第113回研究会資料(https://www.npobin.net/research/data/113thAikawa.pdf)
2 自然エネルギー財団(2021)脱炭素の日本への自然エネルギー100%戦略(https://www.renewable-ei.org/activities/reports/20210309_1.php)
3 「住宅用太陽光発電の発電単価と電灯料金」自然エネルギー財団統計ページ(https://www.renewable-ei.org/statistics/re/?cat=solar)