大丈夫の涙
歳を取ったなって実感することがある。
ちょっとしたことで涙が出そうになるからだ。
スポーツで選手が熱くなっている姿を見ただけで、思わず目頭が熱くなっている。
まだ30代前半の頃は、こんな風に他人の頑張ってる姿を見てもウルウルと目に涙を浮かべる事はなかった。
テレビを見ている親父が、涙を拭きながらスポーツを見ているのを可笑しく思っていたのだけど、今では自分もしっかり涙を堪えながら、スポーツを見ている。
映画でもそうで、クリスマスの日に「ブラックナイトパレード」を彼女と観ていたら、思わず涙が溢れそうになった。どんなシーンかはっきりと覚えてはいないけれど、主人公が頑張る姿に友情を感じたからだと思う。
横目で彼女の方をこっそり見てみると、全く泣くシーンではない事がわかった。彼女が真っ直ぐテレビに視線を向けている目には、涙の一粒もなかったからだ。僕は涙を見せないように、密かに姿勢を変えて涙が乾くのを待った。
その日はこれで終わりではなかった。
12月末のこの時期は日が暮れるのも早い。
外も薄暗くなって来た時、彼女から「もしかしたら、入院しなくてはいけない」と聞かされた。
彼女が体の調子が良くないという事で、検査を受けたことも聞いていた。
その結果も薬をもらっているから、大丈夫だということも聞いていた。
でも癌の可能性があるとは聞いていなかった。
なるべく平常心を保つように聞いていた。
彼女の体が心配だから、どんな状況なのかを聞かなければいけない。
検査では、はっきりと診断をされたわけではないという事。
今は別に調子も悪くない事。
もしそうだとしても、治療できるから心配しなくていいという事。
明日、再検査の結果がわかるという事
平常心を保っていようとしたのに、できなかった。
泣いてはダメだと思っているのに涙が止まらなかった。
こんな話を聞かされると全く思ってなくて、動揺してしまって、初めて大人になって大泣きしてしまった。
彼女の方もびっくりして、こんな風になるとは思っていなかったと言った。
とにかく今どうこうなるとか、そういう事ではないということも、頭では分かっているのだけど、冷静でいるつもりなのに涙が止まらない。
悲しいわけではない。
もしそうだとしても、治ると信じているから。
なのに涙は止まらなく、不思議な感覚だった。
僕の方が心配され「大丈夫」と僕の方が言う。
お互い少し笑った。
彼女が帰った後、一人でいるとまた涙が溢れてくる。
感情が昂るわけでもないのに、静かに涙だけがこぼれてくる。
彼女が
「歳をとると涙もろくなるからね」
と笑いながら言ってくれた。
とにかく今もお互い元気なのが何よりだ。