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秋刀魚の味

秋刀魚の味』を観た。
シネ・ピピアのチラシに小津安二郎特集が載っていた。5日連続で小津作品4作を上演するという。小津作品は前から興味があったが一度も観たことはない。
スケジュールをみると明日でおしまいだ。明日の演目は『秋刀魚の味』。10時から上映。ネットで予約サイトを見ると残り席はわずかで残っているのは最後列に1席、最前列に5、6席。いつもガラガラのシネ・ピピアが何ということか。よくみると料金はワンコインの500円だ。シニアの1,200円よりも遥かに安い。わたしもワンコインの魅力に負けて思わず予約した。

以下、ちょっとネタバレ、感想など ---

妻に先立たれた初老の父親と婚期を迎えた娘との関わり、娘を嫁がせた父親の老いと孤独を描く。小津の遺作。

長女路子の岩下志麻が家事を切り盛りしているが、結婚は父も本人もまだまだ先のように考えている。ところが、笠智衆が恩師の娘がずっと結婚せずに父と暮らしているのを見て、娘の結婚を決意する。そして結婚。というストーリー。

はじめ笠智衆ら登場人物の台詞がぎこちなく聞こえた。意外に芝居が下手と思った。しかし、少したつとそれほど不自然に聞こえなくなった。この時代の東京弁がわたしには耳新しいだけだったようだ。

戦前と戦後、戦後しばらくといろいろな価値観が入り乱れている。長男の佐田啓二とその妻岡田茉莉子は共働きで新しい夫婦のあり方といえるが、なかなか夫婦協同とはいかない。ゴルフクラブをめぐるやり取りがおもしろい。

かつて女性の結婚適齢期はクリスマスケーキに例えられて25日を過ぎると売れにくくなる という冗談がいわれた。当時は二十歳前の結婚も珍しくなかった。それでいくと娘の岩下志麻の24歳はぎりぎりセーフというところか。

笠智衆が同期の友人達と恩師の東野栄治郎を招いて同窓会をする場面がある。卒業して40年ということは彼らは50台後半である。それにしてはみんな老けている。当時の平均寿命からいけばこんなものか。

恩師と教え子の立場が逆転。秋刀魚は庶民の味だが、鱧は貧乏人は食べたことがない。そうか。なるほど。それにしてもみんなよく飲むなあ。タバコをどこでも平気で吸いまくるのも時代を感じる。

恩師の東野栄治郎が退職後ラーメン屋をしているのには驚いた。当時は定年退職は55歳頃で、しかも年金制度はまだなかった。漢文の教師がラーメン屋。そして、娘の杉村春子は結婚せずずっと父親の面倒をみてきた。介護保険制度も当然まだない。家父長制の下では年寄りは長男夫婦が見るしかなかった。

笠智衆の会社も友だちの会社もやたら秘書がでてくる。仕事はお茶出し、書類の配達、電話番。そして結婚と同時に寿退職。これが普通の時代だった。今ならこれらの仕事の大半はセルフである。こんなもったいない人手の使い方はしない。お茶は社内の自販機、書類はメール、電話は自分で取るかメール。

父と兄で娘の結婚相手探し。兄は妹が密かに気持ちを寄せている会社の後輩にあたるが、すでに遅かった。後輩は脈なしと諦めて乗り換えていた。路子の失恋と落胆。このあたり女心に鈍感な男どもにはわからない。
心機一転仕切り直しののち、路子は嫁いでいく。そして父親の老いと寂しさ、孤独のシーンで終わる。

トリスバーで軍艦マーチの場面。実は奥深い。「負けてよかったじゃないか」「そうかもしれねえな。バカな野郎がいばらなくなっただけでもね」
ママの岸田今日子が若い。しかしオーラが出ている。

カメラがズームやフェイドなどの小技を使わず、固定で真っ向勝負している。余韻を残す無言のシーンが少ししつこいが狙いはよくわかる。

豪華すぎるキャスト。贅沢三昧。
笠智衆、岩下志麻、佐田啓二、岡田茉莉子、東野英治郎、杉村春子、加東大介。

以上いろいろケチをつけたが、とてもおもしろかった。十分にたのしめた。
これからもいい映画に出会いたいと思う。

最後に
「秋刀魚の味」で画像を検索すると大量に上がってくるタイトル上の父娘の場面は作品内にはない。映画の宣伝用に撮った写真と思われる。

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