(短編小説)まっすぐなねじ花(1)
〔今年の夏は、災害級の暑さになるでしょう〕
長期予報を聞いて、日曜日の朝から憂鬱な気分になり、テレビを切った。天気病の京子にとって、去年を超える暑さは恐怖でしかない。幸いリモート仕事が増えてはいるが、自宅での仕事は集中してできないし、光熱費は支給されないからクーラー代もかさむだろう。軽食が食べられる喫茶店や、飲食可能なスペースが併設された図書館を探して、そこへ<通勤>するのもいい。クーラーの涼しさと夏の暑さと異空間での仕事に、今から徐々にでも体を慣らしておきたい。スマホでめぼしい施設を見つけると、京子は午後から部屋を出た。
1階の出入り口にある京子宛ての郵便受けに、角形2号の茶封筒が差し込まれている。用無しのDMばかり送られてくるので、ボックスを開けない日もあるが、この大きさの茶封筒は珍しい。何だろうと足を止め、取り出して裏側の送り主を見た。
(山崎弁護士事務所 山崎吾郎)
事務所の住所は生まれ故郷だが、心当たりが全くない。京子には、どこにも弁護士の知り合いはいない。何か詐欺のたぐいだろうかと思いつつ、とりあえずカバンに入れ、今から向かう図書館で開けてみようと外へ出て、バス停に立った。
街路樹のイチョウの葉を揺らす5月の風が心地よい。少しだけ夏の匂いがする。
(夏なんか来なきゃいいのに。。)
図書館の手前でメールの着信音がなった。館内で席に座るとスマホを開いて確かめる。兄の和也からだ。
(元気か?京子にも封筒が届いたはずだが?今、電話できる?)
京子は着信音をミュートにして、返信した。
(今、図書館だから無理よ。封筒って?)
(弁護士事務所からの茶封筒だよ)
(それなら、今から開けるところよ)
兄にも届いたという茶封筒の中には、書類が何枚か入っていた。ひと通り読んで兄に返信する。
(読んだよ)
(そうか。オレが話をつけるから、弁護士には返信するなよ。また電話する。じゃあな)
弁護士から届いたのは、遺産の相続放棄の依頼書だった。書類の内容に同意する旨、署名捺印して送り返して欲しいという。
母と離婚した父親が新たに家庭を持ち、子供2人を設けている状況で病死したのだ。日付は3か月前になっていた。京子が物心つく前の離婚だったから、父親と言われても実感がない。まだ未成年のお子さん2人を抱えて寡婦になった再婚相手の女性の立場を想像すると、相続放棄も致し方ないかもしれない。しかし、四つ年上の兄には違う感情があるのだろう。今住んでる土地建物を売却しなければ遺産相続が出来ない、何故なら父親の預金残高は0円だからと云う書類の説明は、明らかにお涙ちょうだいの姑息な手段だとは思うが、京子にとって2次元ですらない父親と、その家庭のあれこれに付き合うつもりは全くない。不動産の相続登記の問題は残るだろうけど、すぐの話でもないだろう。それより京子の問題は、今年の夏をどう乗り切るかだ。この件は兄に任せて、頭の中から消し去ることにした。
(続く)
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