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毎週ショートショートnote【かもしれない弁天】
「どうして、鴨という名前にしたのですか?」
川辺に佇む筆頭局長に近藤勇は声をかけた。教えてやろうと芹沢鴨。
「ヤマトタケルは鴨を切り、剣の切れ味を確かめてから遠征に出かけて、この国を平定したという。しかし鴨にしたら迷惑な話ではないか。オレは鴨の怨念を晴らすべく、この世の為政者たらんとする者を切ってやるのさ」
「なるほど・・」
相手が京を荒らす尊王攘夷の連中ならわかる。だが芹沢一派の傍若無人ぶりは商人農民にまで損害を与え、新選組の評判を地に落としかねない。
なんとかせねばならぬ。
夢を見た。七福神の唯一の女神、弁天様が現れた。
『勇も鴨を切るがよい。ヤマトタケルになれるかもしれない』
天のお告げか? 歳三に話すと「切りましょう」と話は決まった。
芹沢が寄宿する八木邸で宴会が開かれ、土方以下近藤一派も参加し、しこたま酒を飲んだ夜。妾のお梅や芸妓たちと酔いつぶれ寝ていた芹沢一派は暗殺された。新選組の盛大な葬儀が行われ、長州藩の仕返しだと噂が立った。
巻き込まれて死んだお梅は気の毒だった。芹沢の借金の取り立てに幾度となく来させられ、いつしか芹沢の魔の手に落ちていたのだ。
やがて錦の御旗が出て世の形勢は逆転する。新選組は逆賊となり捕らえられ、勇は切腹を命ぜられた。
介錯の刀が振り下ろされる間際、勇の脳裏にあの弁天の顔がありありと浮かびあがった。その顔はお梅だった。
(オレはお梅に惚れていた? ヤマトタケルになりたかったのか?)
その真偽は勇のみぞ・・いや本人にさえわからないのかもしれない。
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