(超短編小説) グラジオラスを着る
母の誕生日に、父が箱を脇に抱えて帰ってきた。
「開けてみろよ」
中には、ピンクのネグリジェが入っていた。
(もう死語になっているだろうか?)
父の顔は、このプレゼントを気に入るはずだと得意げだったが、母はいちべつして、ひとことお礼を言うとすぐに蓋を閉めてしまった。
母の反応が気に食わないのか、父は箱からネグリジェを取り出して、
「ほら、似合うよ」
と、母にあてがってみたりしている。襟元の装飾が、やけにヒラヒラとして派手だった。そばでその様子を見ていた私は、母は気に入ってないと子供心に直感した。
(何かに似ている。。)
大人になって、グラジオラスの花を見かけるたびに、その時の光景を思い出す。
父の体力は下降の一途で、寝室にポータブルトイレを置いた。かろうじて、1人で用を足せる。毎日の着替えも大変になって、母がタンスから取り出したのが、一度も袖を通さず仕舞いっぱなしの、あのネグリジェだった。頭からすっぽりかぶれば、着替え完了。意外に父も面白がり、痩せた身体にちょうどいいサイズで、「こりゃいいわ」と着ている。自分がプレゼントした事を覚えていないのだろうか?父が言い出さない限り、母も私もその出処を口にはしなかった。今更、なんで着ないんだと時空を超えられたら、母も困るだろう。
「食事がとれなくなってから、2週間前後です。覚悟しておいて下さい」
かかりつけの医者から告げられて、15日目に父は亡くなった。自宅で死にたいという父の願いは叶えられた。
冷たくなった父の体を擦りながら、母が声を絞り出す。
「長い間、お疲れ様。代わりに着てくれてありがとう」
長年の、母のタンスの中の気がかりを、父が代わりに消したのだ。
私は毎年、父の命日にグラジオラスを買って帰る。母にも分からない永遠に謎の答えを父から教えてもらう為に。
(お父さん、覚えてた?)
仏壇の写真の父は、秘密だよとでも言うかのように微笑している。 (了)
ピンクのグラジオラス
花言葉
ひたむきな愛
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