電波の前世記憶24
森林地帯に夏がやって来た。
ゲイルは罠にかかった獣を解体していた。最近獣達も知恵をつけてきて、狩りにも工夫が必要になって来た。個体数が多いので獲物が取れない事は無いが、少し厄介だ。
料理はゲイルが全てやっていた。包丁代わりに使っている特殊加工ナイフはクセが強すぎてステラには使わせられない。端末で料理レシピを調べたステラが一時駄々をこねたが、ゲイルは頑としてさせなかった。指でも切り落とされたら一大事だ。
余分な油を落として乾燥ハーブと砕いた岩塩を擦り込む。この獣の肉は癖が少ない。煮込みではなく、切り落とした油を利用して保存してあるナッツと一緒にフライパンで焼いてみよう。
下処理を終えた所で手を洗おうとしたら水が無い。今日の水汲みはステラの当番の筈だが、また端末に夢中になって忘れてしまったのだろうか。ゲイルは嘆息して携帯バケツを両手に水場へ向かった。ついでに水場に群生している香りの強い草も採ってこよう、ソテーのいい付け合わせになる。
ゲイルは呑気に水場へと向かった。
森に入ってすぐに水場はあった。
湧水で出来た小さな泉だ。水質はとても良く、秋に落葉を除去してやるだけで綺麗に保てたし、冬場にも凍らない。
その泉で、ステラが水浴びをしていた。
その姿は絵画のようだった。明るい森の中。夏の木漏れ日はまるでスポットライトのようにステラの肢体を浮かび上がらせていた。その体は女性らしい丸みをおびており、ゲイルの脳内に生々しく焼きついた。
(……!)
いつの間にこんなに成長したのか。思わず数歩引き返してゲイルは岩場に身を隠した。かなり前に生理が来たのは知っている。だがゲイルの頭の中ではいつまでもあの幼いステラのままだった。そのままがずっと続くと無意識に思い込んでいた。
ステラは確実に女性へと成長している。その事実を突きつけられ、ゲイルは内心ショックを隠せなかった。
「お兄ちゃん?」
ステラの呼び声に、ゲイルは心臓が飛び出るかと思うくらいに動揺した。落ち着け、この森に人間は自分たちしかいないのだ。気配がすれば呼ばれる事ぐらい当たり前だ。心の乱れを押し殺して答える。
「あー…水が無くてな」
「!、ごめんなさい、水浴びしてから汲むつもりだったの」
「バケツも持たずにか?」
「忘れてたわ…ひょっとして持ってきてくれたの?」
「ああ、2つとも持ってきた」
「ありがとう」
全裸のステラが無邪気に言う。
「お兄ちゃんも水浴びしない?とっても気持ちいいのよ!」
その言葉に、ゲイルの精神は限界に達した。
「っ!するわけないだろ!」
逃げる様にその場を立ち去る。後には、怪訝そうなステラだけが残された。
夕飯時になっても、ゲイルの気はそぞろだった。
「これ美味しいわ!お兄ちゃん!」
「ああ…うん、そうか…」
喜ぶステラに目線が合わせられない。気づくと意識してしまう。胸元に、腰つきに、薄紅色の唇に。
「…今日のお兄ちゃん、何か変…」
感づかれた。ゲイルは自身の心境を整理出来ないままステラに向き合った。ステラはステラのままなのに、自分はどうしてしまったんだろう。
「確かに今日の俺はどうかしてる…」
「気分でも悪いの?」
「そうじゃない…なあステラ、俺は今日から寝袋で一人で寝るから、お前も一人で…」
「嫌よ!」悲鳴じみた声を上げるステラ。
「お兄ちゃんが側にいなくちゃ、あの足がいっぱい生えた大きなゲジゲジ虫が出た時、誰が潰してくれるの!?」
この森でステラが最も恐れる存在。寝床にすら侵入してくる虫を思い出したのか、ステラは身震いして訴えた。絶対嫌と。
「もし離れたら、私泣くわよ」
「わかったよ…」
ゲイルは渋々頷いた。
深夜になってもゲイルは全く眠れなかった。
隣で無防備に眠るステラの寝息が艶めかしい。微かに触れる体の柔らかさに意識が持っていかれる。視線を向ければ、月明かりにステラの端正な顔立ちが幻想のように照らされていて。
宝物のように大切なのに、目茶苦茶にしたい。
(くそっ!)
ゲイルはステラに背を向けた。
苦しそうな息つぎが耳に入り、ステラは目を覚ました。
隣にいるゲイルの様子がおかしい。こちらに背を向けているせいで細かい様子は分からないが、明らかに息が荒い。やはり体調が悪いのか。ステラは心配にかられ身を起こした。
「お兄ちゃん大丈夫なの?」
「っ!馬鹿っ!こっち見るな!」
「何?苦しそうよ、私に出来る事あったら…」
次の瞬間、ステラは両手首を掴まれてゲイルに押し倒された。ゲイルは今にも泣きそうな、切なそうな表情でこちらを見下ろして、うわ言のように呟く。
「お前が悪いんだ…お前が綺麗だから…」
「お兄ちゃん…?」
力が強くて動けない。動揺するステラに、ゲイルが呟くように言った。
「ごめんな、ステラ」
その晩、ステラは処女を失った。
…この事が後々まで尾を引く事になる事を、ゲイルはまだ知らなかった。
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