電波の前世記憶29

それは、唐突に起きた。

深夜に突然、端末の電子音が鳴った。二人は何事かと干し草の寝床から起き上がる。

半分寝ぼけまなこでゲイルが端末を調べると、自動で定期的に行われているステラの生体スキャンで、異常が発生した知らせだった。

(ステラの体に異常が!?)

一瞬で目が覚めた。病気か、はたまた人造人間体である事に何が不具合でもあったのか。青くなってAIに叫ぶ。

「ステラに何があった!?」

AIが答えた。

『母体に、妊娠が確認されました』

「………は?」

二人は顔を見合わせた。

「ちょっとまて、俺は…」

『避妊をしても、妊娠の確率は25%あります』

「それが当たったのか…?」

「まあ!」ステラが感心したように言う。

「さすが、精子も強いのね!」

「いやその反応は正しいのか?」

二人の反応は正反対だった。素直に喜ぶステラと、母体をひたすら心配するゲイル。子供を作るならもっと大きくなってからにしようと計画していたのに全てが真っ白になった。

「大丈夫かステラ?気持ち悪いとか何か無いか?」

「今はまだ何も無いわ、でも…」

幸せそうな表情で、ステラは腹部に目をやった。

「私、貴方の子供のお母さんになれるのね…」

「ああああかわいいなお前は!」

力いっぱい抱きしめたいのに壊しそうで怖くて、ただ肩を抱き寄せた。


数ヶ月が経過した。

初めての妊娠。病院すら無い場所で、ゲイルは毎日AIに質問する日々だった。

「AI、ステラは今動いて大丈夫なのか?」

「AI、これは食べさせて大丈夫なのか?」

「AI、今度はステラが果実の砂糖漬けしか食べないんだが大丈夫か!?」

ステラ本人は「そんなに心配しなくても大丈夫よ」と言っていたが、小柄なステラのお腹が日に日に大きくなっていく事に心配しか感じなかった。医者も居ない未開の地で、頼りはAIの知識だけ。設定してくれたジェフリーには確かに感謝するしか無かった。

「男の子と女の子、どっちかしら?」

「無事に産まれてくれればどちらでもいいが…お前に似た女の子の方が…」

『母体のスキャン終了しました、男の子です』

「あらまあ素敵!」

「……。」


妊娠八ヶ月に入ったばかりの頃に、それは起こった。

ステラの花園で、ゲイルは花の手入れをしていた。ステラは大樹に寄りかかって日光浴をしている。

不意に端末のアラートが鳴った。地震でも来るのかとゲイルが端末を取り出すと、AIが喋った。

『母体が危険です』

「!?」

血相を変えてステラのもとへ駆け寄ると、ステラは苦悶の表情を浮かべて唸っている。よく見ると股から血の色をした液体が漏れ出しているではないか。AIが症状を告げた。

『切迫早産です、直ちに病院へ搬送してください』

「切迫早産!?」

ゲイルは蒼白になってステラを抱えて家に戻った。

せめてもの対応として、干し草の寝床に自浄機能のある繊維で出来たタオルを敷く。苦しげに呻くステラをそこに寝かせて下着を脱がせた。すると、既に赤ん坊の頭が若干見えている。

(早すぎる!)

歯噛みする思いでゲイルはステラの脂汗を拭った。

「畜生!衛生的な環境だったら切迫早産なんてほぼならない筈だ!こんな場所で自然分娩なんて無理がある!」

「落ち…着いて」

ステラが口を開いた。

「ステラ!すまん!ステラ!」

「私…やってみる…」

「やってみるって、どういう事だ!?」

ステラの全身が発光し始めた。いつか使った不可思議な力をお産に使う事を察して、ゲイルはぞっとした。

「ステラ!その力は使うな!お前が消耗する!」

ただでさえ出産で負荷がかかっている所に、消耗までしたらステラの命は。だがステラは。

「諦めたくない…子供も…私の未来も…!」

光が変わった。ステラだけでなく、地面や、窓の外の木々まで淡く発光している。その光は全てステラの腹部へと収縮していくと、ステラは本格的にいきみだした。ゲイルが必死にその手を握る。ステラの握力が強い。力を使ったのに、ステラは消耗していない!ゲイルに希望が芽生えた。

「いいぞステラ!赤ん坊が出てきた!」

「…っ!見てないで、とりあげてぇっ!」

慌ててゲイルが出てきた赤ん坊の肩を掴んで引きずり出すようにとりあげた。赤ん坊は無事産声を上げ、ゲイルは赤ん坊を抱えたままその場に崩れ落ちた。

「赤ちゃんは…?」

ステラの問に、赤ん坊の全身を調べる。

「無事だ、何処にも異常は無い」

「よかった…」

「ステラ、あの光は一体…」

「私と同じ力を…借りたの…

それより、早く産湯を沸かして」

「あ、ああ…子供、抱けるか?」

「ええ…ああ…私の赤ちゃん…」

愛おしそうに子供を抱くステラを確認し、ゲイルは水を取りに外へと出て、その光景に仰天した。

緑が全て萎れている。端末を見れば、主星からのエネルギーの殆どが枯渇していた。

(ステラが、エネルギーを逆に取り入れた…?)

自然が、ステラを助けてくれた。

ゲイルは深々と森に頭を下げた。

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