電波の前世記憶31
連邦警察に包囲された小屋。その中で、ゲイル達一家とジェフリーはテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「すまんなジェフリー、子供が泣き止まん」
「この人はお父さんのお友達よ、怖くないわ」
産まれて初めて見た親以外の人間に威圧されたのが恐ろしかったのだろう、引き攣るように泣いている。
「そうだわジャック、お客様が来たからお菓子を出しましょう、ジャックも食べるわよね?」
するとジャックがようやく泣き止んで「お菓子…食べる」とステラにすり寄った。
「じゃあ俺はお茶でも淹れる」
「助かるわ、あなた」
そんな家族のやりとりを見ていたジェフリーが、ぽつりと言った。
「幸せになったんだな」
「ん?ああ、まあな…」
「ええ!おかげさまでとっても幸せ!」
二人の言葉に、ジェフリーは何とも辛そうな表情になった。ゲイルが訝しむ。
「どうしたんだ?ジェフリー」
「僕を呪ってくれ」ジェフリーは吐き出すように言った。
「僕はお前の幸せをぶち壊しに来たんだ」
「主星の寿命が尽きようとしている」
ジェフリーの言葉にゲイルは耳を疑った。主星が尽きればこの銀河の生命全てが滅ぶ。
「もちろんこの事はトップシークレットだ、漏れれば星々の民はパニックを起こして我先に外宇宙への脱出権を奪い合いまた戦争だからな」
「…おえらいさんだけが逃げて生き残るつもりか?」
「いや」ジェフリーが頭をふる。
「銀河連邦はそこまで愚かじゃない。この銀河の寿命を伸ばすため、主星に惑星エネルギー増幅装置を開発した。残った主星の力を増やして何とか元に戻そうとしたんだ。
だけど、気付くのが遅すぎた
主星の核に力は殆ど残っていなかったんだ
残る手段はただ一つ
外部から主星の核に増幅したエネルギーを注ぎ込むしか無い」
「そんなエネルギーどこから…」
ゲイルは気付いた。ジェフリーの視線がステラに向けられていることに。
「ステラの力を利用するつもりか!?」
「そんな生易しい物だったらどれだけ良かったろうな。
隠しても無駄だから正直に言う
ステラちゃんの存在そのものをエネルギーに変換して核につぎ込む
僕達は銀河の為にステラちゃんを主星に連れ帰る任務でここに来たんだ」
ゲイルはジェフリーに殴りかかった。椅子から転げ落ちるジェフリーに驚いて、ジャックがまた泣き出した。
「ふざけるな!ステラは物じゃない!俺の女だ!それを…生贄みたいに使うつもりか!?」
「殴れよ、僕はお前に殺される覚悟でここに来た」
「開き直るな!」
「やめて、あなた!」
ステラが割って入る。
「他に方法が無いんだ!」悲鳴じみた声でジェフリーが叫ぶ。
「僕にも恋人がいる、今妊娠3ヶ月だ…産まれてくる子供の未来の為なら、何だってやる!」
泣き出したジェフリーに、ステラが口を開いた。
「わかりました」
ゲイルの顔が愕然と歪んだ。
ステラの顔に迷いは無かった。全てを悟った上で受け入れる覚悟がそこにあった。
「この銀河の未来は、私達の未来でもあるわ
私も愛する者の為に命をかける
この子の為にも」
そう言ってジャックにキスをするステラをゲイルが信じられない思いで見つめる。
「ねえあなた、ずっと相談してたわよね、この子の将来の事。ずっとここでは暮らして行けない、もし私達に何かあればこの子はひとりぼっちになってしまう、いつかは人のいる場所で暮らさないといけないって。
その時が来たのよ」
「ステラ、お前…」
「人の命には誰だって限りがあるわ
私にそれが早く来ただけ
私はあなたといられて幸せだった
今度はこの幸せを皆に分けてあげなくちゃ
人は色々な物に生かされている
あなたが私に教えてくれた事じゃないの」
ゲイルはもはや何も言えずにステラを抱きしめて号泣した。
「泣かないで、お父さんでしょ、あなた」
「俺にお前の居ない未来を歩けというのか!?」
「ずっといるわ、人は覚えている限り消えない。これもあなたが教えてくれた事よ
私はあなたを愛してる…ずっとよ」
ステラはジェフリーに向き合った。
「私達は主星に行きます
それで、お願いがあるのだけれど…」
「っ!僕に出来る事なら何でも!」
「私達のお洋服を用意してもらいたいの!
こんな格好じゃ街へは行けないわ!」
そしてゲイルに向かって指を突きつけた。
「それから、あなたはそのだらしない無精髭を剃って!全然似合ってないから!」
上空のヘリから見た山小屋は、ずいぶんとちっぽけに見えた。
「さあ、私達の故郷にお別れしましょうね」
「やだよ怖いよ、父さんとのぼった森の木より高いよ」
尻込みするジャックに、ステラが呆れた口調で言う。
「まあ、臆病なんだから…誰に似たのかしら?」
ゲイルは黙って、ステラと過ごした森林を見つめていた。