電波の前世記憶32
3日後、ゲイル達は主星へと降り立った。
「不幸中の幸いだけど」ジェフリーが小声でゲイルに告げる。
「僕の交渉に従ってくれて感謝する。レンジャー主体で計画を動かせるなら、ステラちゃんの人権は守れる」
「どういう意味だ」
「連邦警察の上層部には、選民思想の強い奴が少なからずいる。そういう輩が人造人間を真っ当に扱う訳が無い。残念な話だけど」
「ステラを道具としか考えてないのか!?」
あまりの理不尽さに怒りが抑えきれず、ゲイルは言葉を荒げた。宇宙ステーション内にざわめきが起きて、ジェフリーは慌ててゲイルを宥めた。
「落ち着け、僕らの…レンジャー支持派には人権平等を掲げるレイブン代表がついてる、ステラちゃんの人権は必ず守る。
…お前が特殊部隊から時間を稼いでくれて本当に助かった」
すんでのところでステラは実験体扱いから助かったのだ。
「そんな奴らのいる銀河なんざいくらでも滅びればいい」
ゲイルは思わず吐き捨てた。
主星代表議員レイブンの公邸へ、ゲイル達は秘密裏に案内された。ステラを核にして行われる、惑星再生計画までは調整などもあり一ヶ月の猶予がある。その間、ゲイル達一家はここで保護を受ける。
「ここ、お家なの?」
「ああ、偉い人のな」立派な造りに目を丸くするジャックに答えながら、ゲイルは既視感を覚えていた。怒りで我を忘れていたが、レイブンの名はどこかで聞いた事が。考えてるうちに議員の執務室へと通された。
レイブン議員は白髪に白ひげを蓄えた紳士然とした男だった。こちらを見るなり立ち上がり、友好的に手を差し伸べてくる。
「話は聞いている、君がステラかね」
「はい」ステラが答えると
「主星を…いや銀河を代表して君の気高い決意に精一杯の感謝を」
ステラの手を握り、深々と頭を下げる。その目には涙が滲んでいた。
「本当ならば君のような人を犠牲にはしたくない」
「そのお気持ちだけで十分です、子供の為にも自分で決めた事ですから」
ステラは悠然と答えた。
「だが、夫のゲイル君も辛かろう…私も早くに妻を亡くし…んん?」
レイブンがゲイルを見るやいなや、声を上げた。
「君は確か…私のSPを倒したレンジャー!」
「ああああー!」
ゲイルの記憶がはっきりと蘇った。レンジャー時代にこの人の娘の護衛任務をした事がある。それがきっかけで士官学校を含め大騒動になった事を思い出し、ゲイルは青くなった。
「事故で亡くなったと聞いたが、存命だったのかね!良く覚えているよ、何せ男嫌いの娘が唯一認めた男だからね!いやあ逞しくなって…無事を聞いたら娘も喜ぶだろう!」
まずい、この流れはまずい。ゲイルの背に冷や汗が流れる。あのお嬢様の押しの強さが健在なら、きっとまた大騒動になる!ゲイルの焦りを他所に、レイブンは内線で娘を呼んだ。
彼女はすぐにやって来た。ばん!と大きな音を立てて扉が開くと、薄紅色の長い髪をなびかせて、ゲイルめがけてまっすぐに飛び込んでくる。
「生きてたのね!私の初恋の人!」
言うやいなや、レイブン議員の令嬢、シャーロットはゲイルの首根っこに抱きついた。
「生きてるって私信じてたのよ!だって貴方強いもの!」
変わっていない。全く変わっていない。このお嬢様に関わるとろくなことにならない…
「あなた、その方はだれ?」
シャーロットを首に巻きつけたまま振り向く。…怖い。ステラの笑顔が怖い。
「いや、何と言ったらいいか…」
「説明できない関係の人なの?」
「断じてそれはない」
「じゃあ、その状況はなに?」
「自分でも分かりません…」
「いい加減にしなさい、シャーロット」
ようやくレイブンが口を開いてくれた。
「彼は妻帯者だ、はしたない真似はやめなさい」
「…ええーっ!結婚しちゃったの!?」
がっくりとゲイルを離すシャーロット。
「うちのSPを倒せるくらい強い人、中々いないのに…」
「いい加減強さで男を選ぶのはやめなさいシャーロット」
「仕方ないわね、諦めるわ。ところで、こちらの綺麗な方が奥様?」
「彼女が話していたステラだ、シャーロット」
シャーロットが沈黙する。そして次の瞬間、涙ながらにステラを抱きしめた。
「ステラ!私ずっとあなたに会いたかったのよ!
銀河の為に身をうつ覚悟、なんて芯の強い人なんだろうって!」
「あ…あの、私…」
「私に出来る事なら何でも言って!協力は惜しまないわ!」
「あ、じゃあ、主星の案内をおねがいできるかしら?
息子を人に慣れさせたいの…人と触れ合って、楽しい思いが出来たら、きっと人見知りも治ると思うから」
「了解!任せて!素敵なプランを考えるわ!」
シャーロットが胸を張って答えた。ゲイルは胃が痛くなるのを感じた。
与えられた部屋で。
「私、あの人と仲良くなれる気がするわ」
寝かしつけたジャックを挟んでベッドに横になりながら、ステラが言う。
「ちょっと押しが強いけど、裏表無い人だと思うから」
「…言われてみれば、確かにな」
「初めての大都会、楽しみ」
そう言って、ステラは目を閉じた。
ゲイルもまた、目を閉じた。
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