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愛情のない子育て世代
今回は教育や子育てについて考える。
端的に現代は子どもに愛情が注がれていない。
子どもは愛に飢えている。
親が子どもに愛情を注がず、精神教育を行わなかった結果、栄養と知識教育だけで出来上がった人間ばかりになった。
精神教育をされていないので、勉強はできるがそれが社会や人のために還元しようとせず、自分の為に使われる。
今どきの若者はなどというが、それを作り出しているのは大人である。
大人に問題がある。
子どもに対して真剣に向き合うことを放棄してしまった。
親が子どもの悩みを真剣に聞かないので、子どもは成長とともに口をつぐむ。
親が自分の悩みで精一杯で、子どもにその悩みを都合よく押し付ける。
物質的に豊かになった結果、すべての感覚を失っている。
昔は5感を使い、子どもにアンテナを貼り、子どもを守っていた。
聴覚で子どもの声の変化、呼吸音、咀嚼音、動き
しかしそれはTVのBGMで消されている。
嗅覚も排泄の匂い、体調変化の匂い
それが部屋のアロマに変化した。
視覚は常に子どもに向けられていたのが、
携帯に変化した。
ましてやその子どもが泣き始めると、携帯を使い動画を観させている。
親と子どもが向き合うことはなくなった。
食卓を思い浮かべて欲しい。
私が小さいときには、TVを消しなさいと言われたものだ。
そこで半ば強制的に家族団らんの場所を形成させられる。
しかしいつしかTVは点いたままになり、TVを通して会話がなった。
そして一人一人が携帯というデバイスを持つようになると、TVは音だけになり、各自で好きな動画を観て食事をしている。
そんな食事風景なので、母親も段々と作る気なくなり、出来合いのものが食卓に並ぶようになる。
それで育った子どもは自分が何に育てられているのかわからなくなる。
親に育てられているはずだが、その親はお金でものを買ってきて、栄養を与えてくれる存在でしかない。
その親は歳を重ねたときに気がつくはずだ。
子どもが自分の面倒を見てくれないのは、愛情を注いでなかったからだと。
子育ては植物を育てるのに似ている。
ただ水と太陽と土があれば植物は育つのか?
子どももただ栄養と学校教育だけで育つのか?
一番は水でも栄養でもない愛情である。
精神を満たしてあげないと生き物は存在意義を見いだせない。
共働きとなり、仕事で忙しい両親に子育ては大変である。
しかし子育てや家族を蔑ろになって稼ぎを求めるのは本末転倒である。
子どもを良い大学に通わせて、大きな会社に就職させるのは親の見栄でありエゴである。
子どもが本当に欲しがっているのは親からの愛情であるはずだ。
もう一度家族とはなにか?
子どもとはなにか?
それを自分に問い直してもらいたい。
貴方は家族という大きな幸せを手にしているのだから、それに感謝して大切にしてもらいたい。
そのような親の背中を見せてあげることで
それが子どもの将来のためになるはずである。