月を隠して 最終章「ムーンリバー・サイド・ムーン」
僕の遥か頭上に浮かぶ月は笑っている。
そう感じているのは僕の感受性によるものなので、きっと他の人からしたら口角を下げているかただの月に映るだろう。
今日は弓張り月。
いわゆる「月」をイラストで描くときのあの月だ。
月を弓に見立て、矢を放つときの張った状態を例えているらしい。
今まさになにかが溢れんとする僕にぴったりだ。
月本冬乃が月に渡った。
その連絡を受けたのが数時間前のこと。
初めの連絡は吉良くんからだった。
幾月日前。
僕らは大学生になった。そしていつものみんなは結局全員バラバラの大学に進学することになってしまった。途中は同じ志望校も考えたりしてみんなでオープンキャンパスにも行ったのだが、目標のある人そうでない人、自分の得意科目などを加味した結果こうなったのだ。
みんながみんなを尊重し、バラバラでもどうせ集まるだろという安心感もあったのだろう。
結果的には江藤くんと風上さんは関西の大学に進学し、他のみんなは割と近いところの大学に決まった。
僕はというと教師になるために教育学部のある大学に進学した。
実家から通える距離のところに行くことになったので、一人暮らし勢の苦戦している報告を受けるたびに心の中でエールを送るという生活をしていた。
受験生活の時はというと、実は高校三年の受験前、九月に小説を一作品完成させてみた。
受験期になにをやっとるんだ!と言われれば微笑みながら頭を下げることしかできないが、部活の引退に燃えるみんなを見ていてやはりなにか一つ自分も成し遂げたいという思いが強くなったのだ。
完成した時、初めてこんなに大きなことを成し遂げたという気持ちで自分の部屋でおもいっきりガッツポーズをかました。
技術的なこととか文章力は他人に見せるまでもないと思うので誰にも見せていないが、とても嬉しかった。
その後はしっかりと受験に全力集中し、今大学に通っているわけだ。
大学生活は僕の思っている以上に順調なスタートを切り出せた。
大学内でも適度に話せる友人が数人できて、この前のゴールデンウィークなんてさっそくみんなでBBQに行って来たところだ。少し早い気もしたが、なんだか大学生っぽくていいじゃないか。うん。
サークルや部活もなにか入ろうかと考えてはいたが、他大学に通うみんなと会う時間が欲しくて入ることはなかった。
なにか挑戦しようかなとも思った。吉良くんや江藤くんは相変わらず大学でも運動を続けているし、岸上くんも軽音を続けているという。女子組も各々やりたいことを見つけて楽しそうだった。ただ、月本さんと僕だけがなににも所属していなかった。
BBQの時、このような僕の現状を大学の友人に話すと「お前、そんなんじゃ彼女出来ないぞ?」と言われたので、彼女とのツーショットを見せてやった。
そう。今僕にはお付き合いしている人が居る。
名前は月本冬乃。そう。月本さんだ。
結局卒業式の後も何回か僕らは集まった。そしてその回数が重なる度、僕の方も冬乃のことを気になっていった。振り返れば僕は冬乃に結構ひどいことをしてしまっていたかもしれないが、それでもお淑やかに傍に居てくれた冬乃はとても良い人だなと思ったのだ。
とはいえ吉良くんに悪いと思って男子組で遊んだ時に暴露すると、「そんな気弱な奴に俺の幼馴染はやれないなあ~」と言われた。そして適度な強さで背中を叩かれ
「しっかりしろ。好きなんだろ?」と笑顔で言われた。
この人は本当に強いな。絶対すぐに良い人と巡り合うだろう。
その後は僕の方からも遊びに誘ったりしてお付き合いする流れになった。
一度遊びに行った帰りにいつも僕が行っていた河川敷を散歩しながらお喋りしている時のこと。
みんなの話になった。
「みんな、大学でも色々やるんだってね、」
「みたいだよね、薫くんはサークルとか入るの?」
「いや、やりたいこととかできることないしなあ、それに冬乃とかみんなに会う時間がほしいかも」この頃僕は月本のことを下の名前で呼ぶようになり、恥ずかしいことも言えるようになった。
「そっか、やりたいこと、ないの?」
「うーん…。」
ここで僕は高校三年の夏に小説を書いたことを話した。
僕が強いて他の人がやってないことをあげるとこれが出てくる気がしたのだ。
冬乃は「それ、才能だよ!」「今度読ませて!」と言って来た。正直恥ずかしいが、快諾した。まあ、あれから小説を書いてはいないが、趣味の一つとして入れるのはアリかもしれないと思った。また書きたくなった時に書いてみよう。
こうして星や月が映る河川の横を二人でゆっくりと歩いた。
いつの間にか繋いでいた手にすべて集約されていると感じた。
大学の授業にも多少慣れたころ、冬乃と公園デートをした。
場所はよくカップルや家族が訪れるという有名らしい都心の公園。
家の最寄り駅で集合し、出発する。
「おまたせー!」
その声と共に薄黄色のワンピースを着た冬乃が小走りでこちらに向かって来た。
「ううん!今着いたとこだよ」
冬乃は暖色系の服が似合うと思う。僕が服装に見惚れていると、冬乃の右手に持ったものが目に入った。
「あ、それ」
僕がそれを指さすと、冬乃はそれを胸の位置に上げる。
「そう!色々作って来たから楽しみにしててね!」
今日は冬乃手料理が食べられる。事前に聞いてはいたものの、ピクニックに持っていく本格的な入れ物だったので驚いた。しかも結構量が多そうだ。
「広めのレジャーシートにしてよかったー」
僕はその他小物担当であった。
例の公園に到着すると結構な人が各々の休日を楽しんでいた。
5月だが気温はそこそこに高い気がする。あまり長居は出来なそうな気がした。
早速僕らは準備をし、冬乃の持ってきた料理を並べる。
無難なサンドイッチ、卵サンド、から揚げ、ポテトサラダ、ベーコンアスパラ、小さい丸いオムライス握り、兎カットのリンゴ、ブドウ。
なんという豪華さ!
「すごい!これ全部冬乃が作ったの?」
「うん!料理好きなんだー」これは初耳情報だ。
「え、早速食べない?早く食べたい!」
「うん!」
まずはどれから…。サンドイッチをいただくか!
卵サンドを手に取る。すると下からもう一種別の卵サンドが出てきた。
僕が手にしてるのは卵がマッシュされたやつで、下には厚焼きの卵が挟まれたサンドイッチが入っていた。
「ん?この卵サンド、厚焼きもあるの?」
「そうそう!関西風なんだって、静とか江藤くんはこれ食べてるかなーって思いながら作ってみたの」
「へえ、卵サンドも東西対立があったのか…。とりあえず関東をいただきます!」
「どうぞ!」
一口齧る。
その瞬間に口の中に卵の旨味が広がる。
程よい塩加減と胡椒。それにほんのりと辛子のような風味と辛みを感じる。良いアクセントだ。
正直、めちゃくちゃ旨い。
味の感想が止まらないくらい美味い。
「ウマすぎる…。」
「よかった!」
僕の祖母は料理上手だが、それに負けずとも劣らないくらい、いや、それ以上に美味いし上手いと思った。彼女補正抜きにしても。
関東風も関西風もどちらも違った美味しさで全く飽きないし、他の食事も最高でしかなかった。
僕は持ってきたのが市販のお茶とオレンジジュースであったことをひどく後悔した。
この食事には絞りたて淹れたてでなくては!
多分、一通りのことは全部冬乃にも言ったと思う。
冬乃は大層料理上手だったようだ。そういえばミサンガも作ってたし手先が器用なのだろう。
「美味しかったー」
僕らはあれこれと話しながらあっという間に食事を終えた。
とてもいい休日を過ごしていた。
「ほんと料理上手だね、将来こっち系とかは考えてないの?」
「うーん、料理は好きだけど、趣味っていうか、仕事にはしないかな…」
「そっか、まあ僕は冬乃の料理食べられればなんでもいいけどねー」
「ありがと、でもそっか、将来かー」
「大学は理学部だったよね、進学先とかってどんなところがあるんかね?」
「うーん、理系だけど結局普通の企業が多いみたい」
「まあでもまだ大学生活長いしさ、ゆっくり考えればいいよ、僕も手伝うし」
「うん、ありがとう」
僕は教師になることを目指して教育学部に進学したわけだが、他のみんなも各々将来のことを考えて進学出来ていた。唯一将来の具体的な目標が決まっていなかったのは冬乃だった。
「そろそろ帰ろっか、」そう言ったのは冬乃だった。
僕らは片づけをして、少し遠回りをして帰宅する。
せっかくここまで来たので周辺の有名なところを二人で歩いた。
海沿いの散歩道を二人で歩いている時、海にクラゲが浮かんでいるのを見つけた。
「あ、クラゲいるよ」
「ほんとだ!ミズクラゲだねえ」
そういえば冬乃はクラゲが好きだったな。
海の中に一匹だけ漂うクラゲを二人で少しの間眺め、今度水族館デートをすることが決まった。
大学一年の夏休みがやってきた。
大学の夏休みってこんなに長いの?が率直な感想だ。噂には聞いていたものの、いざ自分がこれからこの長期間休むとなると確実に時間を持て余す。
他の人は遊んだりして過ごすのだろうが、僕は一緒に講義を受ける人はいても遊びに誘ってくれるような仲の人はほんの一握りだ。それに多分、誘われない。
なので、たくさん冬乃と遊ぶと決めた。冬乃の大学も僕と同じように夏休みが引くほど長いらしい。
あとは少し小説も書いてみよう。時間もあるし、頭の片隅に小説のことがあると、街を歩いているだけで楽しいのだ。多分、向いている。
夏休みのすぐ。僕は冬乃と以前みんなと遊びに来た水族館に来ていた。
この頃冬乃は少しずつ化粧をするようになった。
高校生の時もバレない程度の薄―い化粧はしていたそうだが、最近は僕でもわかるくらいの化粧になった。
正直、どっちの冬乃も綺麗だが、僕は以前の自然体の方が好きではあった。
そして今日は…
「じゃーん!」
後ろからかかった声に振り返ると、冬乃がいた。茶髪の。
「え!?」
「どう?染めてみたの」
「え、え、めっちゃいいよ!」
正直なところ、茶髪はかなり似合っていた。
「よかったー、いきなりだとびっくりするかなって思ったけど、」
「いや、びっくりはしたよ、良い方面でね、」
それから僕らは水族館を楽しんだ。
魚も当然たくさんいるが、海の中にはそれ以上に多くの生物がいる。
僕は最近少し小説を書いてみたりしているので、世界の見え方が少し変わっていた。高校生の時、みんなで来た時には考えなかったあれこれが生き物を見ていると湧いてくる。
執筆は思うように進んでいるわけではないが、なにかをアウトプットするのが楽しい。そして、そのためのインプットも楽しい。水族館はうってつけの場所だった。
その後も僕らは海をそのまま持ちあげたような水槽の数々に僕らは感動した。
しかし、一つ不安だったことがある。
クラゲの展示を見ている時、冬乃の表情が陰ったように感じたのだ。
それ以外は普通だったので、僕はなにも言えなかった。
夏が少し過ぎて嬉しい知らせが届いた。まあネット上でやり取りはしていたので知っていたけれど。
みんなが帰省したのだ。
そしてすぐに久しぶりの全員集合を果たした。
すっかり様子が変わった皆に驚かされた。僕以外の男子組はみんな髪を染めていた。し、女子もなんか派手になっている。僕は冬乃とその様子を楽しんだ。
変わっていないのは僕だけだ。
各々の大学の話で盛り上がる。
どこの大学も同じ漢字なんだなあという気分になった。夏休みは学校によって時期は違うらしいが、期間はどこも長い。
そして、吉良くんと江藤くんにも彼女が出来たらしい。
吉良くんに変な視線を向けられた気がしたが、僕は「よかった!」と言った。
僕と冬乃の惚気話もみんなから祝福を受け、何回目かの乾杯を交わす。
さらに、みんなしばらくはこちらにいるということだったので、お盆明けの夏祭りにもまたみんなで行くことになった。
そして夏祭りの日、少し大人びた女子組の浴衣姿に見惚れる男子組。この構図は多分いつになっても変わらない。
だが、高校生の時と違って今年は僕らも祭りっぽい恰好をしてきた。いわゆる「甚兵衛」のような恰好の四人組。
みんなは自然と僕と冬乃をくっ付けて、時々二人の時間を作ってくれた。
今年はみんなで早々に場所を確保し、明るいうちから楽しんだ。
屋台飯を大量に買って男子組が奢るというのは前と変わらない。
そして、花火が上がる。
この花火をまたみんなで見れたことがとても嬉しかった。
そしてまた各々の大学生活に戻る。
大学の講義は本当に少ない。一コマ九十分と言っても多くても一日に三つ。
週のうち二日は丸々休みだ。
そのうえこれは多い方だと聞く。衝撃でしかない。
そんな予定も半年こなせばもうすっかり習慣となる。
もう確実に高校時代の一週間はこなせないだろう。
そんな秋。
冬乃から別れを切り出された。
僕らは春に行ったように今度は紅葉を見ながらのピクニックをしていた。
相変わらず美味しい冬乃の手料理に舌鼓を打っていた。
冬乃も笑顔が多く、いつもの様子と変わらなかった。
だからこそ衝撃を受けた。
帰り道、少し寄り道をしようと冬乃が言い、僕がいつも行く河川敷に行くことになった。
だんだんと涼しくなってきたかな、と思わせてまだ全然熱い日々。しかし今日は涼し気な風が吹いていた。
陽が落ち月も昇り始めたころ、冬乃が言った。
「ねえ、私たち、別れよう。」
東西に延びる河川敷、振り返った冬乃の後ろはオレンジ色に染まっている。そして、僕の後ろからは満月が昇り始めていた。
「え」
唐突すぎる。
「なんで…?」
なんの前ぶれもない。
しかも
「なんで泣いてるの?」
振り返った冬乃は笑顔に涙を流していた。
「私の方から初めに告白したのに私から振ってごめんね…」
「いや、え、理由は…?」
「そうだね、ちゃんと話そう。」
そして僕らは河川時にある階段に座った。
僕は冬乃が落ち着くのを待った。
涼し気な夕風に川の流れる音。
空の色はだんだんと夜を迎えている。
「あのね、」
「うん。」
「最近、薫くんの隣にいるのが辛くなっちゃって。」
「…。」
「私、夢とか目標とかないまま、なあなあで今の大学にも行って、なんの目標もなく毎日ただ生きてるの。」
「…。」
「それに、みんなもそれぞれ夢に向かって頑張ってる。私だけ。なにもないの。受験の時から思ってはいた。でも、」
「…。」
「最近の薫くん、なんか前とちがくて、目が輝いてるじゃん?」
「…。」そうかな?
「きっと物語を書き始めて見える世界が変わったんじゃない?私にはそれがわかるけど、同じ世界は見えない。」
「…。」
「隣にいるのが辛いの。」
「…そっか。」
そこで冬乃が真剣な目になる。
「私も頑張る。夢を見つけるために薫くん以上に頑張る。」
「うん。」
「なにをするかはわからないけど、もっと大学でしっかりと勉強して、ちゃんと進路を考えたい。」
「うん、いいね。」
「だから、それまで別れたい。」
そういうことか。
「そういうことなら、僕は冬乃の気持ちを尊重するよ。」
「ありがとう、」
「応援してるよ」
「うん。私も薫くんを一番に応援してる。絶対いい先生になるよ!」
「ありがと、良い夢見てね、」
「なんかそれ違う感じするっ」
そこでお二人とも笑顔になった。
「薫くんはそのまま真っすぐでいてね。」
「うん。もちろん。」
「ちょっと私が追いつけなかっただけだから、すぐに追いつくよ。」
「じゃあ、僕は教員目指しつつ、小説ももう少し書いてみようかなー」
「うん!いいと思う!応援してる!それなら私も頑張れる!」
こうして僕らは別れた。
というか距離を置くことになった。
連絡は取らない。たまたま会った時は挨拶くらいはするだろう。
そして、冬乃の目標が定まったらまた再会する。
そのことを受けたみんなは偉く驚いていたが、納得もしてくれた。
「二人らしいな」
とみんなから言われた。
僕は冬乃から受けた正の感情パワーで小説の執筆を開始した。
前は負のパワーだったので作品も暗くなってしまったが、今書いているものはもっと明るい。楽しくなってどんどんと書き進められた。
早く冬乃に読んでもらいたい。
しかし、僕は作品を冬乃に読んでもらうことも、再会することも出来なかった。
それから数か月が過ぎ、年も変わった冬の真昼。今日は珍しく雪が降っていた。
朝目が覚めるといつもと違う空気間に窓の外に目を向けた。
すると既に世界が真白に染まっていた。
「おお…」思わずそう声が出るのは必然。少し興奮を覚えた。
初めの連絡は吉良くんからだった。
「薫!…薫ッ‼」
僕は講義が休講だったので家で読書に耽っていた。
「ど、どうしたの!?」
電話口の吉良くんの声からただ事ではないことは容易に察しがついた。
「冬乃が…‼事故にあった…‼」
「え!!?」
「すぐに病院に来てくれ!」
「わ、わかった…」
「俺はみんなに連絡してからすぐ向かう!場所は…」
吉良くんから冬乃が搬送されたという病院を教えてもらい、すぐに向かうことにした。
場所は僕の家からいつも行く川を渡って少し行ったところ。自転車で30分ぐらいの距離。
僕はすぐに自転車に跨って家を出た。
冬乃が危ない状態にある。
しかしいつもの川を渡る端に差し掛かった時、少し邪念が過った。
約束を破ることになる…。
関係ない!
僕はただひたすらに自転車を漕いだ。
病院に着いて受付に走る。
すると、冬乃の家族がちょうど来ていた。以前に会ったことがあり面識があったので、向こうも僕が同伴することに了承してくれた。
そして、冬乃が手術を受けているという場所の近くまで来た。
息が落ち着いたのと同時に吐き気に襲われ、僕はトイレに駆け込んだ。
ひとしきり全部出し切ってさらに少し自分を落ち着かせている。脳内はある程度思考ができるものの、体や本心は動揺が隠せないでいるようだった。
どれくらい時間が経ったかわからないが、ようやく落ち着いた僕は先ほどの場所に戻る。
すると、吉良くんと岸上くん、花野さんが到着していた。
「薫…。」
吉良くんが真っ赤な目を向けてくる。
その夜。
僕の遥か頭上に浮かぶ月は笑っている。
そう感じているのは僕の感受性によるものなので、きっと他の人からしたら口角を下げているかただの月に映るだろう。
今日は弓張り月。
いわゆる「月」をイラストで描くときのあの月だ。
月を弓に見立て、矢を放つときの張った状態を例えているらしい。
今まさになにかが溢れんとする僕にぴったりだ。
冬乃が月に渡った。
死因は出血多量によるショック死。
冬乃は大型トラックの交通事故に巻き込まれた。
交通量少ない三車線道路。路面凍結によるスリップでトラックが暴走。他の車も巻き込みつつ歩道に突っ込んだ。
巻き込まれた人は全部で5人。その中に冬乃も含まれていた。
詳しい冬乃の状態は聞くかどうか任されたが、聞いた。
ここでは書かないが、ほぼ即死だったのだろう。上半身は無事だったので搬送されたが、もう手の施しようがなかったそうだ。
河川敷で僕は泣いていた。
前に冬乃から別れを切り出されたその場所で。
頭が割と冷静なのが腹立つ。
現実を受け入れる自分と否定する自分。どっちつかずな自分にも嫌気がさす。
冬乃が死んだ。
本来僕らは分かれているのでもう関係はないはずだ。
ただ、僕らは普通のそれとは少し違っていた。
お互いの目標に向かってまっすぐ前を向く時間だった。
最近は元気?なにかやりたいこと見つかった?
大学の講義大変じゃない?辛かったらまた頼って良いからね?
そばにいることぐらいできるよ?ずっと一緒に居たいな。僕も頑張るよ。
また手料理食べたいな、今度作ってよ。
あ、僕また作品書いてみたんだ。冬乃との出会いをベースに。読んでみてよ。
冬だね、寒いね、楽しいね。
どれくらいここで泣いていただろうか。声も出ていたと思うがお構いなしだ。
そうすることしか今は選択肢にない。
葬儀の朝。
夜は思うように眠れなくなった。色んな感情と後悔が押し寄せてくる。
そして、起きた時に「あ、寝てたのか」と気づく。
葬儀は冬乃が亡くなってから5日後に行われた。冬乃の遠い親戚が集まるために日数がかかったようだ。
そして当日。今日も目が覚めた時に寝ていたことに気付いた。
起きた時間は日の出頃。多分3時間も寝ていない。
僕は徐にカーテンを開ける。
太陽は今日も相変わらず昇ってくる。
それを見てもう一度ベッドに倒れ込んだ。
葬儀の日程は知らされていたが、行くかどうか迷っていた。
行ける体調じゃないし、行って良いものかと思ってもいた。
もしあの時冬乃を引き留めてまだ付き合っていたら、あの日もどこか別の場所で遊んでいたかもしれない。向こうが言い出したとはいえ冬乃が大変な時にそばにいてあげられなかった。
僕は最後に冬乃と会う権利があるのだろうか。
とりあえず僕は抗えない生理現象に従ってトイレに向かった。
どこかで誰かに何が起きても僕の体や太陽は相変わらずだ。腹が立つ。
部屋に戻ると驚くべきことが起きていた。
僕の机の上に朝日が差し込んでおり、その細い光の先にあの栞が置いてあったのだ。
「え…」
いつの間にかなくなっていたあの栞。それが今目の前に現れた。
手に取ってみてみる。
間違いない。高校生の時、あの頃にお守り代わりにしていた「月の栞」だ。
僕はその栞を朝日に透かす。
そこには相変わらず美しい景色が広がっていた。
絵の中の月は満月。
中央には「月を隠して・・・」の文字。ただそれ以上の文字は見当たらない。
なんだか見守られている気がした。
僕は冬乃としっかりとお別れをすることに決めた。
葬儀を終えて帰宅した僕。
着替えをすることもなく真っ先に机に向かった。
それから僕は思うがままに、感情が溢れるままに執筆をした。
どれくらい書いたかわからないが、とにかく書いた。
家族に心配もされたが、僕の真剣さと必死さに同情と納得をしてくれているようだった。
とにかく書いた。
大学の講義に行くのもまちまちになり、とにかく執筆を進めた僕はいくつもの作品も書き、それを出版社の公募に出した。
それをひたすらに繰り返した。
そして、次の冬。
僕は賞をいただき、作家になった。
僕の視界に日が昇った。
今日も河川敷で夜空を眺める。
そして、決して手の届くことのないあの天体に手を伸ばし、覆い隠し、なにかを掴む動作をする。
“ほんとうの”なにかを見つけた。
“ちがう”何か他の星、一番星に心動かされることもあれど、流れゆく美しい季節の中で“とうとう”と傍で見守り続けてくれた。
“ほんとうは”こうしたかったのかもしれない。
月を隠して。
ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!