シキ 第三章「秋日荒涼」第三話
第三話
卒業式の朝。
特に変わったことのない朝。
両親にいつもよりほんの少し温かく送られる。二人は今日の式に来てくれるが、登校は一人だ。
いつも通っていたこの道も一見いつもと変わらない。
けれど、今日はいつもより目に焼き付ける。
今日という日はどの瞬間も覚えておきたいのだ。
歩いてみれば道端には名前はわからない植物が。日陰には苔も生えている。
仰ぎ見れば澄んだ青い空に薄い雲と丸い雲が漂っている。
頭の中では卒業をテーマにした様々な曲が流れる。
仰げば尊し。
クラスの賑やかさはいつも通りかそれ以上。
もう泣いている人もいる。
「おはよ」
「あ、カラちゃん、おはよ」
ウタと学校で話すのも最後になる。
だがまだその時じゃない。
「なんだか寂しくなるねえ」
「そうだね、」
担任から様々な言葉を貰い、いざ式に向かう。
式は退屈で長い。
だが、当事者は頭の中であれこれと思い出している。
もちろん途中で泣いてしまう人もいるが仕方がない。
シキが泣くことは無かったが、周りの同級生の様子や息遣い、空気感から様々な色を感じ、切なさを感じていた。
代表の生徒が卒業証書を受け取り、みんなで最後の校歌斉唱。
卒業生、退場。
最後まで規律正しく各教室へと帰る。これで本当にラストシーンへと向かう。
教室では親友とまではいかないまでも普通に話はしていたみんなと卒業証書にメッセージを残したり写真を撮ったりする。これまた涙を流す暇などない。泣いている人はもちろん大勢いる。
でも、最後ぐらいは普通に過ごしたい。
「ウタ、私のにもなんか書いてよ」
そう言ってウタの元へ行って自分の卒業証書を差し出す。
ちょうどクラスメイトの証書にコメントと簡単な絵を描いていたウタが振り返ると、その顔は涙で濡れていた。
「カラちゃぁぁぁん」
そしてウタはシキに泣きながら抱き着いてくる。
「ちょっ、」
急なことにシキは驚いたが、ウタの様子を見てシキにも涙が浮かんでしまった。
「もう、ウタ、どうせまたすぐ会うでしょ?」
「でもぉぉぉ」
周りにいるウタの友達もやれやれといった感じで二人の様子を見守っていた。
一通り教室でのやり取り、そして担任との最後のホームルームを終えるとシキは音楽室へと足を運んだ。
「先輩方!卒業おめでとうございます!」
吹奏楽部では卒業式の日に3年生を送り出すちょっとしたパーティーが行われる。
後輩たちの演奏も少し行われるが、大半はお菓子を食べて歓談するのだ。
「先輩!大学でも頑張ってくださいね!」
「ありがと!」
川井さん含め後輩たちから様々な声をもらった。
シキたちの代で部長を務めていた大木くんはまだ受験が終わっていないらしく卒業式が終わったら早々に帰宅したらしい。
残念ではあるが、頑張ってほしい。
最後に校門で両親、友人たちと写真を撮り、帰路に就く。
まだ夜にはクラス会があるのだが、制服は着ていかない。
ここが卒業の境目だ。
シキは歩き出した。
これからの今迄の全てに感謝して、明日からを頑張るために。