シキ 第一章「春風駘蕩」第五話
第五話
コンクール地区予選当日。
天気は快晴。なんなら朝からもう暑いと感じている。
シキたちが予選を行う会場は少し離れた市にあるので、まずは朝学校に集合して楽器を搬出したら各家庭の車、または乗り合わせで現地へ向かう。
手持ちが厳しい楽器をトラックに積み込んだら、シキは父が運転する車に乗って現地へ向かう。
ほとんど指揮棒と楽譜しか持ち物のないシキはその軽さが余計にプレッシャーとしてのしかかっていた。
あれからの練習は部長の統制もあってかシキが思った以上にスムーズに進んだ。
そして、指揮の方も頭の中のイメージを膨らませ、回数を重ねるごとに先輩たちの思いを上塗りすることで完成に近づけていた。
久しぶりにした絵を描くイメージは案外楽しく、まだ絵を楽しめる心が残っていることを実感し、上乗せされた楽しさからイメージの中のニューヨークには部員が次々と出演していった。
限界突破したのか単純に楽しいのかはもうわからないが、指揮をしていると自然な笑顔が浮ぶようになっていた。
そして、それを見ている部員もだんだんと楽しそうになっていったように見えた。
コンクール前の一週間の出来事だが、ずっとこのように部活をしてきたかったと強く思っていた。
だが、泣いても笑ってもみんなで作り上げる「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」はリハを含めてもあと数回。控室でどれだけの練習が出来るかと考えたらきっとちゃんといつも通りを出せるのは本番のみだ。
その一回で先輩たちの夏の全てが決まる。
少なくともシキはまだ部長の願い通りに秋を見据えている。
会場に続く道はきっと目的が同じであろう車でごった返しの状態。
会場に到着すれば同じように今日の舞台に立つ高校生で溢れていた。
当然シキは早めに到着したのだが、今日はどの学校のどの生徒も普段よりも行動が早い。
「あ、部長、お疲れ様です。」
シキは一番に部長を見つけた。なんだか幸先が良い。
「お、シキちゃん!今日は頑張ろうね!」
「もちろんです!」
そして部長とシキの周りに次々と到着した部員が集合する。
「シキ、今日はよろしくね」
「はい。みさと先輩もよろしくお願いします」
この頃にはみさと先輩とも多少ぎこちなくも話せていた。
みんな揃ったところでまずは控室に荷物を置く。
全員が入ればほとんど座る場所などないような狭さの部屋で、手持ちで持ってきた楽器を置いたらもはや人間が休む場所ではなくなっていた。
そして手ぶらになった状態で外に戻る。
周りを見渡すと徐々に学校ごとの楽器搬入が始まったようだった。
そして少しすると。
「おーいみんなー」
顧問が私たちを呼ぶ声がした。
私たちの楽器を載せたトラックが到着したようだ。
どの学校も事前に念入りに段取りの確認が行われているのか思ったよりもスムーズにシキの部活も控え室と練習室に楽器を運ぶことが出来た。
少しの休憩が終わればすぐに練習が始まる。
いつもより狭い控えの練習室ではやはり思ったような演奏は出来なそうであったが、各々が頭の中で今までの練習を振り返り、空想で形にしていく。
時間指定で使わせてもらえる地下の練習室は壁がコンクリートでなんだか気持ち程度に暗く、冷たかった。そのこともあってか合わせ練習ではいつものような雰囲気が聴こえてこなかったのだが、シキだけはこのコンクリートに囲まれている感じがニューヨークの街並みを想わせていつも通りの調子で指揮棒を振るえた。
なんだか調子がいい気がしている。
そしてまた少しして吹奏楽コンクールの本番が始まった。
シキたちの出番は3校目になっており、前半組だ。
もう本番は近い。
シキたちはチューニング室に入り、最後の練習を行う。
「じゃあ、あと一回ずつ通すよ!」
部長も緊張しているはずだが、いつもの調子でそう言った。
チューニング室ではそんなに長い時間を取れない。
ささっと最後の確認をしたらあとは各々が楽器のチューニングをしたり小節ごとに練習をしたりして時間を過ごす。
さあ、いよいよ本番だ。
本番はまずセッティングから始まる。
みんなが少し前に行ったホール練習での段取りを思い出しつつ打楽器などのセッティングと譜面台を置いていく。
ガタガタという雑音がみんなのバラバラな心音のようにも思えてくる。
もちろん、一番大きい音は自分のものだ。
指揮台に昇る。
みんなを見渡す。
やる気に満ちた目。
シキは少しばかり微笑み、気持ち程度頷く。
ハアァーーーーー。
まずは課題曲の演奏が始まる。
こちらは楽譜通りにいかに忠実に。しっかりと行えるかの勝負なので全員が真剣そのもの表情で挑む。
そして、課題曲はなんとかいつも通りといった演奏で終わることが出来た。
さあ、ここからだ。
少し配置の変更が行われ、すぐに演奏に取り掛かる。
転換はスムーズに行った。これなら12分で収まるはずだ。
指揮棒を構える。同時、みんなも楽器を構える。
ッスウゥー
ダンッ!
タララ~タララ~ン
ア・ウィークエンド・イン・ニューヨークの始まりだ。
ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!