シキ 第一章「春風駘蕩」第八話
第八話
秋の色が深まり出した。
シキは後輩に指揮の指導をしつつ、自身もパーカッションの練習をし、他の部員も順調に曲を完成させていっていた。
シキは教室では課題などの勉強、部室では部員との打ち合わせを含む談笑の日々を送っていた。
そんな日々の中で少しだけ気づいたことがある。
今の部活は部長の発言に端を発した「楽しむ」という目標の元に動いている。
なので、指揮が画策している個人個人の技術の底上げはあまり実感できないものの、みんながのびのびとやっている今は曲の完成に架かる時間が圧倒的に速かった。
定期演奏会で行う曲はもちろん以前演奏したことのある曲も含まれるので思い出すだけでなんとかなることもある。だが、半分以上は新しく覚える曲だ。
ポップスなのでメロディーラインを知っているという場合もあるだろうが、それにしても部員は楽しそうに、そして早い段階で合奏に辿り着いた。
みんなが満足しているのか、シキが楽譜についてのことや指揮の指示出し部分の確認に行っても嫌な顔をあまりされない。
さらに、ここ最近はシキの陰口もあまり聞かない。もしかしたらみんなは音楽を楽しんでいる時にはひとの悪口を言わないのかもしれない。ストレス的なあれで。
そんなシキにとっても部員にとっても順調と言えそうなある日。
シキは次の問題が思い出していた。
「第三部の曲どうする…?」
ある日ふと大木君、部長にそう言った。
そう。定期演奏会迄あと二か月とちょっとという時期である今、まだ定期演奏会の曲目は埋まっていなかったのだ。
さらに、その枠を埋めるのが長めでみんな未経験の曲となるとそろそろ始めないとマズイ。完成に間に合わない可能性があるのだ。
「あー、そういえばそうだったね、美山さんはなにやりたい?」
「え、いや、みんなに聞かないと」
「うーーん、どうしよう」
ここ最近気づいたのだが、この大木という人はあまりにも部長とは言えない。
演奏技術は凄いのでアルトサックスのソロとかをやらせるとピカイチなのだが、部長としての仕事があまりにもできない、というかやらない。
まとめる役割は結局シキがほとんどだし、楽譜の準備もシキと川井さんの二人でしかやってない。
ただ、大木君が言った「楽しくやる」は浸透しきっているので部員は彼に着いていく。それもまた厄介なことが起きる気がしてならないわけだ。
仕事面に関してはみんなの見えないところでシキと書記の川井さんがやっているので、まあ正直とっても困っている。
「じゃあ。次のミーティングの時に私の方から言うね…」
演奏技術で選ばれたとしか思えない。先輩たちはなにをもっと彼を部長に指名したのか。
そして最後の曲決めになったのだが、やはり今から新しくなにかを行うのは難しく話し合いはまたも保留となった。
このままぐだぐだとしていたらそれこそ間に合わない。部長も積極的でない今、シキが何とかしなくてはならない状況になっていた。
これは本当に困った。
シキ一人で決められるならどれだけ楽か。
「じゃあみんな、この曲やるからよしく。」
とみんなにいきなり楽譜を投げられればどれほど簡単か。
そんなことが出来るはずもない。
嗚呼、如何に。
数日後。
シキは休日にもかかわらず部活のことで頭がいっぱいになっていた。
次の曲のこと、パーカッションで上手くいかないとこ、指揮で上手くいかないとこ、部員の雰囲気は…最近は悪くない。あとは部長のこと…。
部屋でうだうだしても解決しないので、少し散歩でもしようと考えた。
「ちょっと散歩してくる」
親にそう言って家を出る。
今日は曇り。散歩として景色を楽しむのは無理そうだ。
せめて、なにか少しでも自然を見たい。
そう思って少し遠いところまで歩いて川を見ようと思った。
シキは考え事を減らすためにもヘッドホンをつけて流行りの曲を流しながら歩く。
久しぶりに聞いた流行りの曲の歌詞はありきたりでむしろ演奏が際立っていた。
これはシキが普段から楽器の音に耳を傾けているからというのもあるだろうが、流行りの感情揺さぶる歌詞はシキには大衆の評価よりは響かなかった。
その代わりシキが思ったのはやはり演奏隊のまとまり。
この意見にはもちろんボーカルというパートも含まれる。
歌詞はしっかりと聴けていないが、声色はまさしくその人の奏でる楽器だ。
特にバンドやアイドルなどのボーカルアリの多人数アーティスト(ほとんどそう)であればその声色はそのグループを象徴する。
シキはしっかりとその声色も演奏と捉えてヘッドホンから頭に響かせた。
ボーっと景色を流し見つつ歩いて数十分。ようやく河川敷に辿り着く。
正直辿り着く直前には時間が長くて後悔していたが、ここまで来たらと少し足を延ばすことを繰り返したら辿り着いていた。
辿り着いた河川敷は曇りなこともあって全く味気なかった。
あー、せっかく来たけど適度な運動になっただけだったな。
シキは少し、というか残念に思っていた。
とりあえず休憩しようと河川敷にある階段に座る。
「はあ、」
思わずため息が出る。
結局頭を別のことで埋めても、視界を外に動かしても、止まれば今抱えている問題が浮上してくる。
この散歩も無駄だった。ただ少し考えない時間が出来て位置がズレただけだ。
目の前を流れる川は山から流れ始めて大層な旅をし、きっとこのまま海に行く。なんと素直で美しいストーリーだろうと思うのだが、シキの目に映る川は空の灰色を写したその色かそれよりも暗く深い色かである。
一旦だけを見れば暗い話になってしまう。
少なくとも、シキは今見ている川はただの黒く悲しいものとしか思えない。
ああ、今抱えている悩みもこの暗い川と共に流してしまえればなあ。
まあ、こういうことを考えている時間も無駄だろう。
仕方がないのでシキは帰宅することにした。
そして、シキが立ち上がった時。
カシャッ
すぐ近くでカメラのシャッター音がした。
「えっ。」
「あっ」
シキがそちらを向くと。
同い年くらいの男性がシキの方に向かってカメラを向けて。「あっ」という顔をしていた。
これが美山色と古都貴嗣の出会いであった。
ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!