シキ 第三章「秋日荒涼」第一話
第一話
「はあぁー」
シキは試しに息を吐いてみた。
二月の頭、シキは大学の入学試験のために普段暮らす街よりも遥か西に来ていた。
ここでもちゃんと吐く息の白さは変わらない。
新幹線内でも勉強をし、ずっと緊張しっぱなしであったが、初めて訪れる街を一歩踏みしめた瞬間はなにか緊張とは別の緩やかなものを感じた。
夕暮れ前の知らぬ街。
寒さもあってか寂しさを強く感じる。
シキはマフラーにより深く顔を埋めて歩き出した。
今日はこのまま駅に近いビジネスホテルに泊まり、明日が入試本番となる。
今日の過ごし方が大事だ。
「特別なことはしない…いつも通りいつも通り…」
そう念じていたシキ。
だが、ホテルに入ると…
ボフッ
「あーーー疲れたーーー」
ビジネスホテルという特別感にいつもよりもふかふかなベッド。
それにこんな長距離移動がすでにいつも通りではないこともあって一気に脱力してしまったのだ。
三十分後。
「あー、ダメダメ!」
口に出して体を奮い起こす。
試験科目は国数英に加えて社会系から2つ。シキが目指しているのはいわゆる文系の学部だが、経済経営系なので数学もしっかりと出される。気は抜けない。
そこからしばらく過去問を振り返り、ひと段落したとこでコンビニに向かう。
一歩出るとそこそこの喧噪であり、この土地の活気を感じる。よく聞けば訛りも強い。
いきなり異世界に来たような感覚がする。
コンビニでは無難なものを手に取ったが、この街の特別感か、今日の特別感かはわからないが、レジ横でふつふつほくほくと湯気を出すおでんに興味が出た。
「すみません、おでんを・・・」
「はい!なにを?」
「じゃあ、…ちくわ、こんにゃく、大根を一個ずつお願いします」
「はーい」
大学生らしきバイトの人がそこそこな気さくさでおでんを取ってくれる。
「ありがとうございます」
なんだか温かい。
せっかくなら、とシキはコンビニ横でおでんを少し食べることにした。
この街の風景と人と音を感じながら。
きっと、古都くんならこうするだろうと考えて。
古都とウタもそれぞれ別の大学を受験する。
古都は家から通える都内の経済学部を受験する予定で、ウタも別の家から通るという教育学部のある大学に進学する予定だそうだ。
つまり、二人とはほぼ確実に離れることになる。
寂しさもある。
だが、離れていても直ぐに会えるだろうし、会っていなかった期間を感じさせないだろうという安心感と温かさがある。
だからシキは目の前の受験に集中する。
とはいえ不安は心から消えていない。
シキがこの大学を選んだのは自身の偏差値と受験内容が合致したことと進路のためのネームバリューだ。
そんなもののために受験をして果たして正解なのだろうか?
という思いと、
進路は進学後にしっかりと決めればいい
という思いが心の奥底でまだ動いている。
ともかく受からなければ始まらない。
シキはホテルに戻って勉強を再開した。