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1.道のり イタリア食堂編

タヴェルナポルチーニ編 2003/9

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今に至っては、みなさんは信じられないかもしれませんが・・・

JR環状線「福島駅」を境に南側の飲食店は、2003年当時閑散として暗い街でした。

唯一繁盛していたのは、おでん屋さんぐらいだったかと。

終電が終わったあととなると、路地で歩いているのは猫ぐらいで🐈🐾

女性が一人で歩くような路地ではありませんでした。

このあたりの長屋は、第二次世界大戦中に空襲被害がなかった数少ない場所だったらしく、
ご近所さんは「福島村」と言ってはりました。

お店の前は、怪しすぎるエッチなビデオ屋さん

オレンジの目隠しテントに、ビデオ・インディーズと無造作に書かれた文字の黄色い看板。

夜になると赤い回転灯🚨がクルクルとまわる異様な雰囲気がありました。

今のメキシカンの場所はエッチなビデオ屋さんだったんです
(よくペペロンチーノを出前しました🍝)

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路地奥には、音漏れでよく近所の人に苦情を言われていたスナックに、営業しているかどうかわからないクリーニング屋さん。

そんなある日

オープン準備で店頭を掃除していると近所のおじさんが寄ってきてキツイ一言。

おじさん
こんな店絶対つぶれるわ‼️」

「福島でイタリアんなんか流行るかい!」
「ここで流行ったらどこでも流行るわ」

ワタシ「なんだとこのやろう!(-_-メ)

というわけにもいかず・・・

がんばりますっ!(^^)/」って言ってました笑

だけど心の中では🤬と・・・言ってました笑

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まぁ、オープンしてからは閑古鳥🦆です。

暇で暇で。゚(゚´Д`゚)゚。

お客さんは、全然入ってきてくれませんでした。

ただヒマでも絶対しないと決めていたルールは、近くのお店にお客さんがはいっているかどうか確認に徘徊すること。これは絶対しなかった。

徘徊すると、逆に店の中にいてるスタッフさんに「あそこヒマ」やねんなとばれる。

ネガティブな口コミにつながると思っているからです。

特にオープンしたての店は、注目度があるので気をつけました。

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そのころのジンクスがありまして、営業始まってあまりにお客さんこないから「まかないタイム🍽」。

二階の窓側の席に座り下をのぞきながら「まかない」を食べるのです。

食べるとお客さんが来店するっていうジンクスでした。

しかもオープン時期は9月。
まだまだ暑いわけです。

一階のパスタ場前は、熱気でお客さんが座ってられないくらいに熱くなりました。

店の中よりも外の方が涼しいで!」とお客さんに言われます。

あげくのはてに・・・
マスター!」と呼ぶ声が!

呼ばれていくと・・・
もう・・・俺をこの店からだしてくれ!!」と怒られる始末。

すぐに冷房の追加工事しました。

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そんなバタバタで1カ月ほどしたときのことです。

夜中営業終了後にかたづけ中に、用事がありコンビニへ行きました。

そして、いつもの路地へなにわ筋から入ってくると・・・

路地奥の寿司屋さんの前くらいが、なんだかメラメラとしています。。。

「ん?なんや?」
「んっ!?・・・火や―――っ!!!!(@_@;)」

🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥

あわててダッシュして店に入ると、青ざめた顔で創業スタッフの渋谷君が電話の受話器を握りしめ、状況説明と住所を言っています。

すぐ外に出ると、さっきよりが大きくなっています。

小犬を抱えたおばさんがパジャマとツッカケのまま「大変や」「大変や」と走っていきます。

そのうちに、「ゴーーーっ!🔥」火柱が二階の屋根以上にあがりました!

「熱いっ!」近寄れたもんじゃありません。

「火事や―!」「火事や―!」「火事や―!」

大きな声で叫びます。

ご近所さんのおばあさんの家のドアを叩きます。

火事ですよ!すぐに避難してください!

ご近所さんがお店に集まってきます。
お店の中も煙で白くなっていました。

少したって消防車がきました。
しかし路地で道が細く中まで入ってこれません。
ホースを持った消防隊員がバタバタと走ってきます。

火は、長屋をつたいどんどん燃え広がります。
2件隣まで火がきたときに・・・ 🔥🔥🔥

足が震えました・・・
ガタガタと・・・

あ・・・明日、損害保険の契約日や・・・
すべて失うやんけ・・・
。・゜・(ノД`)・゜・。

あのときの絶望感は一生忘れないと思います。

結局、火事の原因は「放火」で近くに停めていた原付に引火し火柱が立ったようでした。
長屋三軒を焼いた火事でした。

みなさん火の元には、気をつけましょう🧯

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そんなこんなで、オープンからいろいろありましたが、お客さんはあいかわらずで「まかないタイム🍽」が日々実行されていました。

ただ、自信だけはありました。

それは、来てくれるお客さんがみんな「絶対また来ます~👋」って帰ってくれていたこと。

そしてリピーターが以上に多かったこと。

この店絶対流行って、そのうち予約取られへんようになるわ~」ってよく言われていました。

イタリア食堂がオープンした2003年。

今のようなカジュアルなイタリアンやバル・バールはありませんでした。

イタリア料理店
客単価7000~10000円が普通だった当時。

イタリア食堂
客単価3000~4000円は衝撃だったようでした。

以前フランスに行ったときに現地に住む日本人がポルチーニのことを良く知っていて、
あの衝撃は凄かった「新しい時代がきたと思った」とパリで絶賛されました🕺

また、お酒がすすむようにと前菜10種盛り合せを提供しました。

今でこそ、どこでもやっている前菜盛り合わせですけど。

当時はめずらしかった。
しかも1380円という金額は。

その後、10年間で21万食販売するという名物料理になるのですが、福島区の人口が7万人程度ですので約3倍と考えるとすごいことです。

1000円超える値段の料理は前菜盛り合わせだけ。

あとは、メインもパスタもすべて1000円以下で提供しました。

ワインは380円。1リットルデキャンタ1800円。

偵察に来た同業者は、「安すぎるわっ!」と怒り口調で苦笑いする人もいてました。

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また、店名を「イタリア食堂」したのもよかったと思います。

とにかく覚えやすく、分かりやすく、口コミしやすいと。

でもお客さんは、はっきり言ってナメテ入店してくる笑

イタリアしょくどう~?」

でも食べて支払ってビックリ!

ごめん。ちょっとナメテ入りました」っていうお客さんもいてました。

そしてリピーターあるいはクチコミになっていくという繰り返しでした。

ただ、絶対やっていたことは、お礼状。

仲良くなったり、この人つかんだなって思った人にはすぐに連絡先をきいて、気持ちのこもったお礼状を書きました。


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あとは、改善を繰り返しました。

当時僕のやっていたことは、ルーティンの営業終了後に伝票整理でした。

伝票を眺めていると今日のお客さんの顔を思い出しました。

伝票をめくります。

そういえば、あのメッチャ飲んでご機嫌で帰ってくれたお客さん・・・「チーズが好きや」って言ってたな。

よし、明日からのメニューにチーズ料理入れたろ。

今度来たときに「チーズ料理用意しておきましたよ」って言ったら絶対喜ぶやろ !

伝票をめくります。

ビールをみんなに、ごちそうしてくれたお兄ちゃん。
ええ人やったなー。また来てほしいなー。
よし、今度きてくれたら「顧客カード」書いてもらお。

そしてお礼状送ろ。あんなお客さんでお店いっぱいになったら楽しいやろな !

伝票をめくります。

このお店のおススメは?」って聞いて来たおばちゃん。

そうや!ポルチーニの使い方のチラシをメニューに入れよ。

そしたらみんな、新規のお客さんはオススメ食べてくれるやん。

ゼッタイいいわ。だって自信あるオススメやもん・・・

前菜10種盛り合わせ、プレーンピッツァ……

伝票をめくります。

近所の薬局で薬剤師してるって言っていたワイン3本開けたお客さん。

帰りしなに「ファンになりました」って言ってもらった。嬉しいな。

お礼に明日、ドーナツ買って持っていこう。喜ぶやろ。

**伝票をめくります。 **

そういえば、「うまい!」って大きな声で言ってくれた、あのおじさん。

スタッフみんなで「ありがとうございます!」って言ったら、お店の中のお客さんみんな笑っていたな。

よし、明日からは、お客さんが「おいしい」って言ったら 、スタッフ全員で「ありがとうございます!」って元気よく言うようにしよう。

そうしたらお客さんみんな笑ってくれてお店の空気と温度がグッと上がる!

よし、明日仕込中にみんなに報告や・・・

伝票をめくります。

先週も来店してくれて、名刺交換したお客さん。

帰り側に「〇〇さんありがとうございます!」
って名前で呼んだらびっくりしてたな。
でも、とってもうれしそうやった。

スタッフで名前共有して、できるだけ名前で呼ぶようにしよう!

伝票をめくります。

あれ?このお客さん

何回か来店してるお客さんやったな。
いらっしゃいませ」っていったけど、
いらっしゃいませ」ってめちゃ他人行儀な言葉やな?
よし!見たことあるかな?ってお客さんやったら全て「こんばんは!」にしよ!

伝票をめくります。

そういえば、〇〇さん最近頻度多いよな。
ちょっと旬の野菜メニューを増やしてあげよ。

早速、農家さんに連絡や👨‍🌾
旬の栄養たっぷりの野菜食べてもらお。
ポルチーニで食事したら元気になってもらわないと‼︎


そうやって、毎日毎日伝票眺めながら、
あのお客さんはこうやったとか、あーやったとか、 それの繰り返し、そして改善していきました。

そうこうするうちに、 イタリア食堂は、オープンから1年後。

週末2か月先まで満席、予約が取れないといわれるレストランになっていました。

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