おびかたるしま(帯語島)のものがたり①
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『アマジマ』
これは今から約800年余り前の、島のものがたりである・・・。
波が寄せ返し月明かりに輝く白砂は、下弦の月の如く美しい弧を魅せ、明けの明星を抱いていた。
やがて島は変わらぬ朝を迎えようとしていた。
その白浜の波打ち際に、1人の男が打ち寄せられていた・・・。
見つけた女が浜で叫んだ。
「人がいる!人が流されて来たよ!」
何人かが浜に降り、男を引き上げた。
「死んでるの?」
何人かの女が心配そうに言った。
「んっ!いや、まだ息がある!生きてる。生きてるよ!」
「早く小屋へ!みんな力を貸して!」
男を見つけた女が叫んだ。
4、5人の女が戸板に男を乗せ小屋へと運んだ。
それから丸2日の間、男はまったく目を覚まさなかった。
「ここは、どこですか・・・?」
3日目の朝、ようやく眠りから覚めた男が言った。
「島じゃ!アマジマと云われておる。」
枕元で白髪の老人が答えた。
「嵐に会いなさったか?それとも・・・。」
「・・・」男は黙したまま何も答えない。
重苦しい空気が流れた・・・。
その様子に、すべてを察したかのように・・・老人が突然言った。
「マレビト(来訪神)。アマジマにご縁あるマレビト様じゃ!村を挙げてお迎え致す・・・。」
村長らしい白髪の老人は、上座に床をとる男に向かい、うやうやしく拝礼した。
「これへ!あさげを!」
老人の威厳のある一言で場の空気が変わり、にわかに男のあさげの支度が始まった。
明るい女たちの様子に男もようやく安堵の表情を見せ、床の上であさげに箸をつけていた。
その夜、男は寝付かれず1人、外へ出てみた。シマは月明かりに青く照らされ、風も心地よい。
浜の上の段丘にはアダンと呼ばれる樹々が密集し、まるで村を守るかのように海岸線を埋め尽くしている。
浜と村はアダンのトンネルを抜けねば行き来できない。
アダンのパイナップルのような黄色の実は、硬くて食べることは出来ないが、その葉は鮮やかな緑で淵は鋭いトゲに覆われ、村を守る天然の防塁の役をなしていた。
そのアダンの横に伸びた枝に腰掛けた男は月明かりの浜で、ひととき波音とともに過ごした。
男はこれまで見た事のない白浜の情景に見惚れていた・・・。
やがて男の脳裏に、この三月前の出来事が自然に蘇ってきた・・・。
「族だ!族っ!夜襲で御座います!」
「早くっ!お支度を!お逃げ下され!」
「ご無事で・・・。」
家人と一族の叫び声が、屋敷中に響いた。
戸板を蹴破る音と、怒号と悲鳴と刃で斬り合う悲惨の様は、今にも背後から襲われるかのような戦慄を背筋に覚えた。
炎と刃の血生臭い宿命は、どこまでもいつまでも男に取り憑いて来る。
一族の血と放浪の足枷を洗い流したまえ・・・と、男は白浜に坐して、いつまでも星に祈っていた・・・。
『マレビト』
「マレビト様」
いつのまにか、それが男の呼び名になっていた。
島に流れついてから7日目、驚くことが起こった。
村長の計らいで、村奥にある自らの屋敷をマレビトに譲り、自身はその屋敷のすぐ脇に退いたのだ。
「なぜ、このように歓待されるのか?」
屋敷を譲り受けたその宵、マレビトが村長に尋ねた。
「我が村には、古くから言い伝えがありましてなぁ・・・。
<彼方より 海渡りて 人來る これ只事にあらず マレビトにあらずや 我ら 身命をひとつにして 共に生きようぞ>
と、これは村長代々の譲りごと・・・。」と答えた。
我が村があるのもマレビト様のお陰だと語り、満月の夜にはマレビトの石でお祀りを続けている、とそのあつい敬愛の念を語った。
「マレビトの石は村の心山のイタダキにあります。
明日は満月、マレビト様を直に、ご案内申し上げます!」
『我が名も国も、来たるその訳も聞かず、流れ着いた男を神とみなしている・・・。』
マレビトは内心驚いたが、この言い伝えを聞き、自らに対する村長や村人の接し方に、初めて納得がいった。
翌日、夜が明けきらぬ暗き中、屋敷の前には村人が集まってきた。
この島に来てからマレビトは内心不思議に思っていた。
『この村には若い男が居ないのか?』
集まったのは、女たちと年老いた男と、そして子供たちだけだった。
「さっ!参りましょうぞ!」
村長の合図で2人の白装束の女が先導し、皆で心山に向かって歩き始めた。
サク、サクと足音だけがひびき、誰ひとり声を発するものがいない。
子供たちすらそうだ。
やがて満月の明かりが坂道を登る村人を照らし、海風も心地よく、つられて掛け合う声が出た。
「もうすぐじゃ・・・。」
「心山のイタダキじゃ!」
「マレビト様の石に、来訪の神が・・・。」
「ありがたや・・・。」
「言い伝えの通りじゃ!」
口々に思いを言葉にする村人に囲まれ、マレビトは自然に高揚感を覚えずには居られなかった。
イタダキにある低木の群生を抜けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
「これが、<マレビトの石>で御座います!」
村長が言った。
村人のすべてが坐れるほどの平らな台地の先に、ほどよい舟形の石があり、
満月が照らしていた・・・。
マレビトは村長に勧められ、その石の上に端坐した。
そこからは遥かに海が見える。
満月に照らされ昼間と見紛う海は、すべてを月の道に納めて揺らめいていた。
その真ん中に碧く耀く平らかな島が見える。
「あの島は?」
「ユラジマに御座います!」
付き従うかのように背後の村長が応える。
村長の両脇には白装束の女。
そしてそのすぐ後ろには5人の男たちが控えていた。
いつの間にか、村人たちの中にも男たちが合流していた。
月は煌々として西の空に輝いていた。
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