おびかたるしま(帯語島)のものがたり⑩
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『養子』
「ちょっと待った!俺は返事をしてないし、今初めて聞いた。ヨシとタケはどうだ!」
ガブの真っ直ぐな言葉に、屋敷は一瞬静まり返った。
「俺は養子になってもいい!」
ヨシが言った。
「俺は父が・・・。」
タケが口籠る。
「すまない。本当は、3人の気持ちを聞いてから、皆の衆に話すことだった・・・。」
真人が3人に詫びた。
「ヨシ、タケ、ガブ、3人にとって良い話だと思ったから、ついワシの口が滑った。許してくれ。真人さんは・・・。」
村長が慌てて皆に説明しようとした。
「ガブ!黙らんか!生意気言うんじゃない!」
お婆が立ち上がって一喝した。
「真人さん、お気持ちは良くわかりました。
天蚕糸に包まれたガブを初めてみた時、この子は『天からの授かりもの』と思って、今日まで育ててきました。
真人さんが現れ、今日の日が来るまでワシがガブを預かっとったんだと思います・・・。
あんな出来損ないの口減らずな奴を養子に、とのお言葉だけでも、婆は涙が出ます。どうか、養子でなく家人※でお使い下さい。」
※使用人
「ワシもそれで十分、とお話ししたんじゃが・・・。『いのちの恩人に、真心でお返ししたい。養子として話を進めて欲しい』と・・・。」
村長は困り果てた様子だ。
「イヤだ!俺はお婆と別れるのはイヤだ!」
「なにも、今までと変わることはありません!今まで通りの暮らしで、我が姓を受け継いでくれればそれでいいのです。」
真人は、自分の姓を初めて明かした。
「姓は磐座。名は真人に変えましたが、磐座は我が一族の姓で、『ひとつから出て、各地で栄える』との意味を持つと伝え聞きます。
この伝えのごとくであれば、必ず彼の地でも栄えているであろうし、この地も栄えるであろうと思います。その為にこの地に来たと、ようやく分かりました。どうか我が姓を継いで貰えないでしょうか?」
と3人の子供たちと集まった村人たちにもお願いした。
「良い話じゃ!村長やカシラ(男衆)は、身分だの、建前だの、そんなもんを気にしておる。
3人の子供たちは、ただ真人さんのいのちを助けたい、と素直に動いただけじゃ。
それがマテルの滝で、月も太陽もそして天蚕糸も動かした。
子供たちに教えられた。ワシらも変わろうぞ!」
長老のイチスケ翁が話を収めた。
「そうじゃ!ワシらも変わろう。」
「島に名家が出来た。めでたい!」
村人たちが続いた。
「俺は神様は嫌いだけど、人間のままでいいなら養子の話、受けてもいいよ。」
ガブらしい言い方に、一同大笑いした。
そしてヨシとタケの養子の話は暫く様子見とし、真人が父親代わりとなって2人を見守るということで落着した。
真人は、この島に辿り着いて初めて清々しい気分になれた。
妻と2人の息子を失い、一族の不幸な運命に翻弄されて島に辿り着いた。
振り返れば、これまではどの地にあっても枕を高くして寝たことは無かった。
いつか不幸がやってくると思い、その通りになる度、またかという無念さと、どこかで安堵する自分にも気がついていた。
この島に来て、初めて不幸の分岐点とも言うべき出来事に見舞われたが、3人の子供たちの無垢な行動に、心が動かされた。
いつものように「またか」と考えるのを止め、全てを自分の想いに任せてみようと決意した。
その時浮かび上がってきたのが、自分も島の一員となって新しい織物を作るということ。
奇しくも己の一族は、織物を中心に栄えた家柄。
幼き頃から織物に囲まれて育ち、その構造は身に染み付いていた。
おかげで、この島にふさわしい織物もイメージできる。
この島には既に芭蕉布があり、苧麻※の織物と藍染もあった。
「そこに天蚕糸も・・・、であれば・・・。」
既に真人の中では織物の完成形がはっきり見えていた。
※イラクサ科の多年草。麻織物の原料。
『由来』
島に辿り着いてから、真人はたびたび磐座の由来を思い起こしていた。
織物の盛んなところに、その祖先を辿ることができる。
大陸の山間にある小さな町で、かつての都に隣接していた。
既に何世代も前のことであり、真人に故郷の記憶は全くないが、一族の秘伝として伝えられる染織の心得と技法は、今も真人の中に生きていた。
子供たちがマテルの滝を目指した時、高熱と共に真人の胸に去来したのは、遥かな故郷であり、祖先の言葉であり、いのちの教えであった。
太陽と月と地球と島人が、ひとつに繋がっていった。
故郷はこの島であり、マテルの滝とは磐座そのものと感じられた。
子供たちが太陽水と実芭蕉を届けてくれた時、まさに祖先が伝えた言葉が目の前に現れ、いつの間にか病も消えていた。
織物は古くからあり、故郷にはその最高峰と云える絹織物もあった。
その技法は緻密で繊細を極める。
「なぜこのような高度で複雑な織物ができたのか。誰が、いつ頃から、何のために、・・・。」父や祖父をはじめ、技をもつ職人たちも質問攻めにした。
「分からん!」
答えは誰に聞いても同じだった。
「織物とは、ものにあらず、天・地・人の全てを繋ぐいのちの調和なり。我を捨て法のままに生きよ!」
「磐座とはそれを生かす場なり。」
祖父は、この先祖伝来の二つの言葉を残して逝った。
磐座一族は、織物作りに於いては無くてはならぬ存在として、故郷を離れど多くの民と共にその地で生きてきた。
祖父と父は誰からも慕われ、その能力は織物作りに限らなかった。
土木、建築、町づくり、作庭、農業、果ては牧畜と広がり、地位や名誉とは無縁であったが、その力量に権力がすり寄ってきたのだ。
しかし、織物を離れ、権力との結びつきが深くなるに連れ、不幸な出来事と共にその地を逃れる運命に見舞われ、一族は放浪の旅を余儀なくされていた。
真人は自身の身に起きた一連の出来事を通じ、初めて一族の運命をその身で読むことができた、と感じていた。
「磐座の姓を使うものは、人を支配する地位にあってはならない。支える立場こそ相応しい。織物はそのことを伝えている。」
無垢な3人の子供たちの「我を捨て法のままに生きる姿」に、初めて自身の役割を教えてもらった。
またも祖先の二の舞を踏むところを諌められたのだ。
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※2024年公開予定
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