手の中にある雲を愛でる
「手の中で雲を見たことがありますか?」そう聞かれて、はいと答える人はほとんどいないのではないでしょうか。そんな貴重な体験を先日してきました。現代アーティストAKI INOMATAさんの展示《昨日の空を思い出す》でのことです。
AKI INOMATAさんの最新作は、前日の雲のデータを3D プリンターでカップの液体の中に再現し、それを今日の雲と一緒に観るという作品です。ギャラリーでは、グラスに再現された雲を手に取って眺めることもできます。実際、手に取って眺めるとふわふわ、クネクネと動く小さな雲が何か小さな生き物のようにも思われて愛おしく感じられてきます。この雲たち、実は1日もたないそうなので一層儚い感じがしました。
タイミングが合うとギャラリーに設置してある3Dプリンターで、実際に雲が作られている場面に遭遇することもあります。私も丁度、作成される場面に出会えました。少しずつ雲が形になっていくのを見ていると何か生き物の誕生の場に立ち会っているかのようです。
街で信号待ちとかしている時に、何気に空を見ることがあると一緒に雲を見ていることがあると思います。それでも特に変わった形の雲でもなければすぐ視線を戻してそのまま空や雲のことは忘れてしまいます。でも1日として同じ形の雲はないし、つまりそれは1日として同じ日はないということでもあります。そんな当たり前のことを今回のAKI INOMATAさんの展示は思い起こさせてくれました。
見えるものと見ているものの間
今回の作品はコロナ禍で構想されたそうですが、コロナ禍では在宅になる人が増えたことで、家の近くを散歩する機会が増えた人も多くいたと思います。御多分に洩れず私も近所を散歩しながら、木や草花をゆっくり眺めるという時間を過ごしていました。過去形なのは、最近そういう時間をほとんど取っていなかったなと思うからです。あんなに毎日のようにゆっくり散歩する時間を過ごしていたというのに。
よく現代アートは、今までと違った視点で観ることを教えてくれると言われたりしますが、今回のAKI INOMATAさんの展示では、普段私たちが何かを見ている時間は、その何かをちゃんと見るのに十分な時間なのかということを教えてくれているようです。人間は初めて見る景色は、めずらしいものとしてゆっくり眺めたりもしますが、毎日通る場所はさっさと通り過ぎてしまいます。それは脳ができる限り処理しないですむように、つまり楽をしようとしているからとも言えます。だから雲をゆっくり眺めるということは、大脳に逆らって、その日その時間でしか体験できないことを体験していることになるのです。本当はそれこそが人間が本来持っている感覚なのかもしれません。
東京での展示を観て京都に戻ってから何か雲を見るのが楽しくなっているのを感じています。下記の写真は、平安神宮の上に出ている雲です。そこにある、毎日目にしているものをじっくり眺める時間を持つことを忘れないようにしたいと思います。
<展覧会情報>
AKI INOMATA個展「昨日の空を思い出す」
会場:MAHO KUBOTA GALLERY 東京都渋谷区神宮前2-4-7 1F
オープン日
8/25(金)、8/26(土) 2pm-7pm
8/29(火) - 9/2(土) 2pm-7pm
9/12(火) - 9/16(土) 2pm-7pm