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『もじ部』刊行記念トーク「機械彫刻用標準書体の原図を見ながらあれこれ話そう」③

『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)刊行記念・鳥海 修さん(字游工房・書体設計士) × 小宮山 博史さん(書体史研究者)× 川名潤さん(グラフィックデザイナー)トークイベント「機械彫刻用標準書体の原図を見ながらあれこれ話そう――駅の案内表示板でよく見るかわいい丸ゴシック体の謎に迫る」のレポート第3弾(最終回)。今回は、鳥海さんが機械彫刻用書体をライブドローイングしてくれます!
(文:雪 朱里/撮影:type.center)
 
※本記事は、2016年2月16日に青山ブックセンター本店で開催されたトークのレポート記事の再録です。肩書や情報は当時のままです。

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◆第2回の記事はこちら


●鳥海さん風「機械彫刻用書体」を書いてみる

事前に一度、鳥海さんに原図を見せたとき、「なにこれ!?」と鳥海さんの注意を引いたものがありました。②③の原図の「何」という字の右下のハネ部分にうっすらと楕円が書かれており、その下半分の円弧を使ってハネを書いていたのです。機械彫刻の原版をつくるときに使用する原版の原版(同心円状の溝と、中央近くに角Rの溝が入ったもの)の写真を見て、「こういう円弧を当てはめて書いていく文字なんだね」と気づいた鳥海さんは、ついうっかり「おもしろいね。オレ、書いてみるよ」と言ってしまったのです。

そして本イベントの場でライブドローイングを行なうことに。
鳥海さんが用意してきてくれたのは、細かく数字がたくさん書き込まれた「愛」「お」2文字のスケッチ。そして、同心円状に線がとれる円周定規と、0.8mmの太さのペン。

鳥海「今日のために、準備してきました。まず、こんな感じかな、と文字をスケッチして、各部に当てはまる曲線に該当する円周定規の直径数値を記入しておいたんです。その場ですぐに見つけられるように。では早速、ペン入れしていきますね」
ライトテーブルがないので、鉛筆の下書きの上から直にペン入れをし、最後に消しゴムで消すという流れ。

鳥海「こうやって、線を引いていく。これ、絶対に楽しいですよ。みんなこうやって新書体をつくってみるといい」
「機械彫刻用文字の法則を使っているけれど、鳥海さんが書くとやっぱり標準書体とは違うんですよね」
鳥海「悩んだのは〈愛〉のなかの〈心〉この底の部分を、悩んだ末に平らにしたんですけど、これがかわいくない。ここを斜めにすると、途端にかわいくなるんです」
小宮山「ほとんどの書体で、そこは斜めになっていますね」
「原版の原版を使って機械彫刻用の原版を彫るときにも、ちょうどいい曲線を選びながら彫っていた」
鳥海「だから、この作り方って本当に不自由なんですよね」
小宮山「曲線がすごく難しいね。複雑な線が書けない」
鳥海「そうなんです。でもこういうふうにしないと、原版になるようなしっかりした線が書けなかったのかな、と」

鳥海「〈愛〉の最後の右ハライに凝ったんですよ」
「数字が2つ書かれていますね」
鳥海「2つの曲線を使ったんです」
川名「ちゃんと最後に見せ場を(笑)」
小宮山「そうすると、半径を使うわけだから、つなげるの大変でしょ」
鳥海「そうなんですよ。でも僕、機械科だったから、定規使うのうまいんですよ」

一番最後に残ったのは「愛」の「心」の2画目のハネ。細心の注意を払って、とても小さな円弧を引きました。定規の影になって線が引きづらいのだそうです。
「愛」を仕上げたあと、鳥海さんは「お」も手早く仕上げてくれました。

鳥海「これ、絶対にフリーハンドで書いたほうが早いと思う」
「さっき、みんなぜひやってみて! とおっしゃっていたのに(笑)。でもこんな風に、機械の性質から来る制約がデザインコンセプトになっているわけで、それがこの書体の面白さですね」
川名「不自由な面白さがある」
小宮山「多分、書体の歴史っていうのはこういうことなんだと思う。その時代ごとの不自由のなかで、どういう形をつくっていくのか。よく時代がわかりますね。いまはこんな作り方しないはずですから。そういうところがすごく面白い」

完成したものを、原図と見比べてみました。

小宮山「〈ノブン(愛の下半分の部分)〉が小さいですね」
鳥海「原図に合わせて、わざと小さくしたんです」
小宮山「〈心〉はやっぱり斜めにしたほうがいいですね。かわいくない」
鳥海「……ちょっとエレガントにしてみました!」
小宮山「〈お〉はタイポスみたいですね」
鳥海「それも標準書体をマネたんですよ」
小宮山「鳥海さんから見て、機械彫刻用標準書体はどうですか?」
鳥海「結構いいと思いますよ」

●星野清さんのロゴデザイン

最後に、鳥海さんのお話は、星野清氏がデザインしたという、東京機械彫刻協同組合のロゴに及びました。

鳥海「この篆書、きれいですよね」
川名「これはかっこいいですね」
鳥海「このロゴを見ると、やっぱり星野さんは文字に対する知識が豊富で、そういう人がこの機械彫刻用標準書体をつくっていたというのが大事なことなんじゃないかなと思うんです」

小宮山「これまでの書体史のなかで、この部分はまったく空白でした。僕の師は佐藤敬之輔ですが、佐藤の口からこの書体について聞いたことはなかった。だから今回の記事のことを、星野清さんは喜んでおられると思う。雪さんには機械彫刻用標準書体について、ぜひきちんとまとめていただきたいですね」

●おわりに

筆者はこれまで、「書体」といえば印刷用書体のことばかり考えてきましたが、たとえば今回の機械彫刻用標準書体のように、そうでないところでも当然ながら書体が必要とされていた分野があり、そしてそこには、やはり印刷用書体のデザイナーが関わっていたということ。しかしそのことはあまり知られておらず、記録も残っていない(または、まとめられていない)ということが、今回の『もじ部』の取材で見えてきたことでした。
 
本イベントでは、機械彫刻用標準書体について、書体設計士、書体史研究者、グラフィックデザイナーの方々の目を通して考察を重ねることで、新しく見えてきたことがあった、いわば書籍『もじ部』の補講となったトークでした。イベント内容も踏まえて、さらに取材を重ね、ゆくゆくは機械彫刻用標準書体について何らかの形でまとめられたらいいなと思っています。
 
本イベントでも触れた、機械彫刻用標準書体の原図発掘の過程や、原版制作・機械彫刻の様子は、書籍『もじ部』にたくさんの写真とともに詳細レポートとして掲載されています。ぜひ書籍もあわせてご覧ください。
(おわり)
※初出:type.center

<書籍情報>

パソコンに入っているあのフォントも、普段目にするこの文字も、必ずだれかがデザインしている。人気書体デザイナーに聞いたフォントデザイン・設計秘話、フォントをよりうまく使いこなすヒントが満載!

【本誌に登場する書体デザイナー、グラフィックデザイナー】
登場しているのは、書体デザインの第一線で活躍するデザイナーや、レジェンドたち。

鳥海 修(字游工房)、高田裕美(タイプバンク)、モリサワ文研、藤田重信(フォントワークス)、竹下直幸、小林章(モノタイプ)、鈴木功(タイププロジェクト)、小塚昌彦、マシュー・カーター、大曲都市(モノタイプ)、イワタ+橋本和夫、西塚涼子+服部正貴(アドビ システムズ)、赤松陽構造(映画タイトルデザイン)、typeKIDS+今田欣一、小宮山博史(佐藤タイポグラフィ研究所)、祖父江慎(コズフィッシュ)
※肩書は取材当時のものです。

書名:もじ部 書体デザイナーに聞く デザインの背景・フォント選びと使い方のコツ
編著:雪朱里+グラフィック社編集部
発売日:2015年12月
ISBN:978-4-7661-2858-1

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<書籍に関するお問い合わせ>

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