人はなぜ情報軽視になるのか
こんばんは。突然、Noteが書きたくなったので、筆を執っている次第です。
私はウェブ戦略コンサルタントを自称してしまっている以上、「戦略」ということについては、多少うるさいわけです。
戦略という名のついた書籍は、やはりなんとなくでも買ってしまい、その多くは積ん読かれるのですが、そんな中でも、やはりとても勉強になる本があります。
今回紹介しているサムネイルに記載した書籍は、主に日本の国家戦略を論じた書籍ですが、何かしらの戦略に関わる人であれば、一度は読んだ方がいいでしょう。
個人的には国家戦略という観点については、ネット上ではあまり論じたくないのですが、戦略を生業とする人にとってはとても参考になるエッセンスばかりなのです。
本書の大部分が日本の近代歴史における世界との相対的な関りと、戦時中の日本の国家戦略の体たらくさが絶妙に書かれているのですが、この書籍に一本中心に軸を通すとしたら、日本人は情報軽視になりやすいという警鐘です。
歴史的にも、地理的にも要因があると思っているのですが、
いつだったか、かの有名な塾講師もこのようなことをおっしゃっていました。
本投稿の冒頭で紹介した、本書「戦略思考とは何か」の中でも、日本がいかに情報軽視の中で多くの犠牲を出してきたかがわかります。
神風特攻隊の決断なんかは情勢軽視どころではありません。
企業の話題に話を戻します。
こうした事例は、多くの人が情報軽視は悪だと納得するのに十分な事実です。
翻って、自分の立場に置き換えたとき、自分は情報軽視な決断はしていないと言い切れる方はどのくらいいるでしょうか。
たとえば、思い込みで数百万の広告費をかける。って立派な情報軽視です。
また、事前にどのようなKPIを設定したらよいか。そのKPIはちゃんと取れる状態でスタートできているのか。いい成果が出そうになかった場合の対処方放等、上げだしたらきりがありません。
要は、意識をしなければ人は容易に情報軽視に陥るわけです。
こうした傾向が想定の中に入っているのと、入っていないのでは、同じ失敗でも雲泥の差があるのはご想像の通りです。
もともと、コンサルティングに費用をかける風土がない国とも言われますが、情報やスキルよりも、汗かいて見せた方がお金を出しやすいという点は、経済という側面でみると弱点のように感じてしまうのです。
そして、その問題の本質は「自分はなんでも知っている」という怠慢か、もしくは「自分の知っている知識で対応できる」という思い込みのどちらかです。
まず自ら発想を転換し、価値あるサービスにしかるべき報酬を払い、価値あるサービスを提供して、しかるべき報酬を頂くという意識を持ち続けなければ、創造的な仕事はできないと感じているのでした。
今日はもう帰ります。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?