名前も知らないのに忘れられない大恩人
人は誰かに裏切られたと感じたとき、傷つき、心を閉ざします。
誰も信じることができなくなって、一人きりになりたくなります。
「どうして?」「なんで?」と出るはずのない答えを探し続けます。
僕も忘れられないことがあります。
信じていた人に裏切られ、それを受け入れられず、直接会いたくなりました。
住所はわかるのですが、今のようにGoogleマップなどありません。
近くの駅で電車を降りて、自分の足で歩いて、探し回りました。
でも、よく考えれば、その時間に会えるはずはないんです。
ただ、手紙に書いてある住所に行ってみたかった。
そして、歩き回って、ようやく見つけました。
気がつくと、いつの間にか雨が降っていました。
そして駅に戻ろうとしましたが、帰り道がわかりません。
そのうち、雨は土砂降りになってきました。
びしょ濡れになりながら、自分のことをなんて惨めなんだろうと思っていました。
ぬれねずみのようになりながら、うなだれてトボトボ歩いていました。
そのとき、後ろからそっと傘を差し掛けてくれた人がいたんです。
振り返ると、ひとりの女性が、どうぞと傘の中に入れてくれたんです。
この世の中には、こんな人がいるんだ。
だれも信じることができなくなった、見ず知らずの自分を傘に入れてくれる人がいるんだ。
今でも、そのときのことを思い出すと胸が熱くなります。
また誰かを信じることができるかもしれないと希望を感じたと思います。
その傘に入れてくれた女性とは、名前も聞かないまま別れました。
顔も全く覚えていません。
10分足らずの時間だったと思います。
それでも、僕は忘れることができません。
傘に入れてくれた人がいたこと。
その人から希望と勇気をもらったことを。
ほんの短い時間の出来事が、今の僕を突き動かしています。
生きていくには、希望と勇気が必要です。
忘れている人に、それを思い出してもらおう。
僕が傘の中に入れてもらったように。
名前も聞かず、顔も覚えていない、あの人。
それが、僕の大恩人です。
お礼を言いそびれていたかもしれません。
おかげで、いい人生を送れそうです。
ほんとうに、ありがとうございました。
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