ラバーカップだ!!!!!!!!!!!
皆聞いてくれ。
この現代に作られた神器・ラバーカップについての話だ。
こいつはすごい道具なんだ。最高だ。スッポンという名でも呼ばれることのあるこいつの正式名称はラバーカップというんだ。
皆覚えていってくれ。ラバーカップだ。念のため口に出して読んでみろ。
はいせーの「ラバーカップ」。
よし。こいつはラバーカップだ。
何故私がこの素晴らしきフォルムのゴム製神器について語ろうと思ったのか、その経緯を話そう。
私は久々に家に帰ってきた。私は昨日まで実家に帰省していたのだ。実家で物理的に羽を伸ばし、休み切ったところで執筆のためにアパートに戻ってきたのだ。
私は移動の疲れで料理をする気が起きず、昨日の夜は総菜パンで済ませた。(今考えてみると、このとき買い食いで済ませたのは幸運なことだった)
そして今朝、朝食としてお茶漬けを一杯食べたんだ。茶碗を洗い、さて昨夜更新のYouTubeでも見るかと思ったところで、ある異変に気が付いたんだ。
キッチンのシンクに、洗剤の泡が溜まっている。
そんな、と思った。バカな、と思った。私は絶望した!キッチンの排水溝が詰まってしまっていたのだ。
思い当たる要因は、はっきり言って皆無だった。アパートを一ヶ月近く空けていたが、少なくとも一ヶ月前のキッチンに異常は見られなかった。家を空ける前も、排水溝を掃除してから出たのだ。
それが何故、詰まっているのか。これは今となっても原因不明だ。
もしかしたら長時間使わなかったこと自体が原因なのか?
私は焦った。これではキッチンを使えない。
とりあえず応急処置として、熱湯を壱リットル沸かしてシンクにぶちまけてみることにした。油汚れや洗剤のカスが詰まっているのなら、熱湯で対処できるかもしれない。
ケトルが湯を沸かすや否や私はそれをふん掴んで、シンクにぶちまけた。
水かさが壱リットル分増えただけだった。
私はさらに絶望した。これ以上どうしろと言うのだ。我が家の排水溝の構造上、詰まっているであろうパイプに直接溶剤を流し込むのは不可能なようだった。そもそもキッチンシンクには熱湯が溜まっているのだし、溶剤が薄まってしまう。パイプの深部には辿り着かないだろう。
パイプユニッシュは買っておいてあったが、この際無力だった。
ネットで調べると「お酢×重曹」で詰まりが取れるという情報もあったが、家にはカンタン酢しかなかった。排水溝を美味しくしてどうする。第一、上記の理由で溶剤などは排水溝に撒くことはできない。
私は頭を抱えた。万策尽きた。対面試験で勉強していない範囲の問題を問われたときのように思考が停止した。一旦モンハンをしようとか、訳の分からない現実逃避策だけが朧げに浮かんでは消えていった。
脳内を支配する焦り、怒り、困惑、絶望、狂気。
私は冷蔵庫の前に立った。腹が減ったからではない。
私の冷蔵庫の扉には、ポスティングされた、水道修理業者の割引券が大量に貼ってあった(ガチで十枚くらいある)。これに頼るべきかもしれないと思った。
しかし、電話を掛ける手は躊躇われた。何故か?簡単な話である。
高い。
修理は高額なのだ。相場は荒くしか調べていないが、どうも5000円を超えるケースもあるらしい。
私が思い浮かべるのは実家のことである。私は仕送りで生活している。実家の懐事情については、いつまでも頼り切りではいけないと思っていた。物価は空気を読まずにガシガシ上昇するし、バチクソにエグい猛暑のお陰で電気代もかさんできている。少しでも節約できるのなら、越したことはない。
たかが5000円、されど5000円だ。
さりとてキッチンの排水溝が使えないのはとても困る。私はよく自炊をするので尚更困る。
もししばらく自炊ができなかったらどうしよう。毎食コンビニになるのか。高い。買いに行くのも手間だ。何としてでも排水溝問題は解決しなければならない。
私はあきらめずにネットで解決策を探った。
さて読者様、このあたりで、疑問に思うころではないだろうか。
ラバーカップいつ出てくるんだよ。
そう!そんな切羽詰まった危機的状況を解決したのが!他でもないラバーカップなのだ!
私はネットでラバーカップの情報を見た。最初は半信半疑だった。こんなトイレ用のゴム臭い道具なんて持ってねぇよと。
しかし、他に取れる策は無かった。私はラバーカップに一縷の希望を抱いた。
私はラバーカップを買いに駅前へと走った。自転車で走った。外はバチクソにエグい猛暑だったが自転車で走った。私は守銭奴なので地下鉄は雨の日にしか使わない主義だ。
大汗をかいて駅前のクソデカいLOFTに到着した。私は一目散に掃除用具コーナーへと向かった。
あった。ラバーカップだ。
一つだけ残ったラバーカップは、まさに天命のように思えた。私はそれをむんずと掴むとレジへ直行した。他に買うものはなかった。
ラバーカップは税込みで2200円だった。これが高いのか安いのかは分からないが、修理業者を呼ぶより安いことは確かだった。
地球環境のために袋を断ると、当然ラバーカップをそのまま渡された。存外デカい。リュックには入りきらなかった。
とりあえずラバーカップの象徴である恥ずかしい半円形の部分をリュックに入れ、取っ手の棒部分は露出させるスタイルとなった。取っ手の部分だけなら何を買ったかバレないだろうと思った。
私は再びバチクソにエグい猛暑の中自転車をすっ飛ばして帰宅した。
家につき、買っておいたパンを昼食として腹を満たしつつ涼み、やっと掃除の時間がきた。
私は掃除中は音楽を聴いていないと捗らないタイプだったのでイヤホンを耳に差しつつ、ラバーカップを開封した。
ゴム臭い。第一印象はそれだった。
ラバーカップはトイレ用だったが、ネットを見る限り排水溝にも使えるようだった。
私はラバーカップを掲げると、意を決してキッチンの排水溝にあてがった。
頼む。効いてくれ。これでだめなら修理業者を呼ぶことになってしまう……!
私は祈るような気持ちでラバーカップを押し込んだ。内部に真空が生じる。重い手ごたえだった。
本番はここからだ。ラバーカップを手前に引き、詰まりの原因を水圧と空気圧で何とかしなければならない。
私がラバーカップをゆっくりと手前側に引くと———
グゴボァ
AirPodsのノイキャンですら防ぎきれない、醜悪な空気の音がした。
私は愕然とした。イヤホンから流れる小林私の新曲の素晴らしさにではない(これに関してはリリース日に聴きたおして十分堪能したところである)。私は恐る恐るラバーカップを引き上げた。
するとゴボゴボと泡を立てて、溜まった水が排水溝の奥底へと流れていくではないか!
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は心の奥底で叫んだ。喝采と言っても差し支えない。あれだけどうしようもなかった詰まりが、たった一押しで瓦解するとは!私は歓喜に打ち震えた。
私は濡れたラバーカップを見つめた。「生活」という言葉がとても似合う何とも言えないデザインの道具だが、それはまさに私の生活の救世主だった。今だけはこのアイテムが草薙剣にも引けを取らない名剣のように輝いて見えた。
良いか読者様、ラバーカップを侮ってはいけない。これにはどんな水回りトラブルも解決する可能性が秘められている。トイレ用だとか、生活感丸出しだとか、そういうことを思ってはいけない。
ラバーカップを持つべきだ。これはきっと、人々に無くてはならないものだ。
おぉ生活の支えラバーカップ!困難穿つラバーカップ!救世主ラバーカップ!
その日の夜は自炊をした。水の流れの何と優雅なことか。