締切って大事よね

お疲れ様です!

という挨拶で始まる、日本のビジネスメール。昨年はコロナ禍でフリーランス業務がほぼ90%キャンセルになるという前代未聞のお仕事事情であったが、これも世界共通、何も私だけのことではない。ZOOMだ、リモートだ、オンライン会議だと、聞きなれないビジネスツールも覚えた。「コロナが収まったら」という想定句のもと、今後の方針や対策を検討しながら先のビジネス・プランを考えるのだが、どうも今までと大幅に違う何かがある。  そう、具体的なスケジュール、締切がないのだ。

締切がないと、話に具体性が感じられない。大まかな構想は描けるのだが、あくまでも実現不確定な曖昧な構想。ここではまだ「こうなったらいいな」という願望でしかない。だが、これに日時がつけられると、なぜかいきなり強制的に実現を義務付けられ、具体的な行動案が頭に浮かんでくる。大まかだった構想の中にシーンが生まれ、人物や会話が動き出してくるのだ。

以前はこの締切に苦しめられた。時間との格闘。何度、「締切がなければ。。。楽なのに」とつぶやいたことか。「締切さえなければ、もっといいものができたのに」とまで言ってたな。苦笑。

コロナのお陰で、この今まで私を苦しめてきた「締切」がなくなった。最初の3ヶ月は、居心地がよかった。義務感や責任感から開放され、なんだか身軽になったような、自由を得たような錯覚に陥った。しかし、それが半年を過ぎた頃から不安に変わっていく。そして1年がすぎようとする今日現在、「締切さん、ありがとう、だったのね」という、締切のサディスティックな効能を初めて肌で感じ、改めてこれがあったからこそ様々な業務を全力でやれたのだと気づかされる。

なんせ締切がないと、まず、あまり調べたり考えたりしなくなる。考えなくなれば、行動もしなくなるし、そうなるとその案件は遠い雲の彼方へ消えてゆく。保存中のファイルもどこに入れたのか思い出せなくなる始末で、嗚呼、あの夢はいずこへ。。。という有様。

今年は、自分の生活に締切を作るぞ!

ロックダウンのイタリア、大雨のふる元旦にひそかにガッツポーズを決めて誓った新年の抱負なのであった。

#note書き初め

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?