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「巣立たぬ鳥」①

鳥は卵から還ると雛になり、いつかはその翼で羽ばたいていく。
そうして鳥は巣立っていくものである・・。

ここは神奈川県にある上溝といわれる場所。
桜も散りかけ、若葉で街が満たされ始めたある春の夕暮れの日。

「今日もくたびれた」
そんな一人言をつぶやいてたのは佐々木さんという男性。
定年間近で子育ても大分前に一段落し、今は長年連れ添った奥さんと2人暮らしだ。

そんな佐々木さんは帰路の時に必ず寄っていくお気に入りの公園がある。
その公園のベンチで一人になれる時間を少し味わってから家に帰るのが長年の日課であった。

今の時期は桜の花びらでベンチが彩られているが、佐々木さんは気にせずに腰掛け、日課を楽しんでいた。

ふと見上げると、ベンチの上には本格的に散り始めている桜が広がっていた。

「・・・桜餅、食べたいな」
佐々木さんは花より団子派である。

「・・・帰るか」
どうやら早く食べたくなったご様子。

今日はいつもより短めの滞在のようだ。

少し茶色にくすんできた花びらいっぱいの道を歩き、帰路に向かった。

するとその時、桜の木の下で何か動くものに気づいた。
佐々木さんは興味本位でその木に近づき、覗いてみた

そこには、まだ小さな黄色い雛がいた。
小刻みに震え、周囲をキョロキョロと見渡していた。
巣から落ちたのか、もしくは捨てられたのか分からないが困っているのがすぐに分かった。
佐々木さんは桜の木を見上げたが、巣らしきものは見えなかったし親鳥らしき鳥も見かけなかった。

拾い上げてみると、触れてるか分からない程の柔らかい羽に、息を吹きかければ飛んでいってしまいそうな軽さ。
佐々木さんは多少迷ったが、その雛を保護することに決め、家に連れ帰った。

無論、奥さんからは大反対されたが、最終的に雛を保護する形に落ち着いたようだ。

「こんなもんでいいかな」
佐々木さんは昔、ハムスターやウサギといった小動物を飼っていたことがあるので、巣作りの心得は多少なりともあった。

「こんなんだけど勘弁してくれよな」
ティッシュの空箱に布をいれてやり、簡易的な巣を作った。

その雛は心做しか落ち着いた表情を見せてくれた。
それを見て佐々木さんはとても癒やされた。

「名前、名前つけてあげないとな」
佐々木さんは既にその雛に夢中のようです。

「んー、桜の木の下にいたしな・・・」
「サクラ!にしよう!」

「あなた、相変わらずセンスないわね」 
奥さんから冷ややかなコメントをもらったが、名前は決まったようだ。


「元気に育てよな、サクラ」

サクラはそんな佐々木さんを一瞬見たが、そのまま眠りについた様子だった。

こうして、佐々木さんとサクラの出会いの初日は夜が更けていった。

「巣立たぬ鳥」② へ続く


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