『ものさし』と『器』の食い違い
人にもそれぞれ『ものさし』と『器』がある。
人の『ものさし』
それは心への尺度。
価値観や感情、経験、性別、環境で創られた1点物。
人の『器』
それは心を置いておく場所。
そこに、どのように物を置くかは本人でも分からないくらいの骨董品。
そんな『ものさし』と『器』も持っている皆さんは最近どんな経験をしたでしょうか?
恋人と喧嘩してしまった。
職場で同僚と仕事のことで揉めてしまった。
友人が自分の意見に共感をしてくれなかった。
出来事によっては、嬉しい気持ちや嫌な気持ちになることもあります。
でも、人は同じ出来事を共有してもそれぞれ意見や感想が食い違います。
でもこれって、自然なことです。
自分のなかで、整理をして心のどこに置いておくかはその次第だから。
人は自分の1点物のものさしで測ろうとしますが、太さも違えば長さも異なります。加えて、人の器で測り方も変えなければなりません。
例えば四角、三角の器であれば、まだ測りやすいでしょう。
台形や星型もまだ測りやすいことでしょう。
丸も添わせながら測れば、まだ測れるかもしれません。
ただ、こんな形ではどうだろうか?
どう測ろうか・・・と思いますよね。
そして、自分なりに測ってはみるがうまく測れない部分はどうしても
勝手に補填してしまう。
「この人ならこの部分はこう考えるかな?」
「今までの経験上、人はこうだ」
その補填から食い違いというのが発生してしまうのだろう。
ものさしで器を測ろうというのが、そもそも難しいこと。
一度、ものさし自体を見直す時間も必要なのかもしれない。