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トラベルミステリにおける星子ひとり旅シリーズの独自性について

『少女トラベルミステリ』は、それまで少女向け作品では存在しなかったロングセラーのトラベルミステリシリーズ、山浦弘靖『星子ひとり旅シリーズ』と風見潤『幽霊事件シリーズ』を扱っています。

星子ひとり旅シリーズが大人気になった後に幽霊事件シリーズが始まっているので、まずは星子ひとり旅シリーズのことを書かねばなりません。古いシリーズなので「実は読んだことがないんだよね」という方も多いかもしれませんので、解らない人はあらすじも引用してあるこちらのリストをチェックしてもらえると嬉しいです。

知らない方のために説明しますと、こちらのシリーズの著者は山浦弘靖先生。連載開始前にもテレビドラマ、映画、アニメの脚本を多く執筆しています。幅広い作風をお持ちの作家さんですが、刑事物、列車もの、2時間ドラマも多く手掛けられています。シナリオ担当のアニメ作品のノベライズ小説でデビューした後、列車もののSFシリーズを経て、星子ひとり旅シリーズ第一作『殺人切符は♡色』が1985(昭和60)年9月刊行されます。プロフィールに「趣味は音楽と鉄道」とあるので、基本鉄道で移動する展開になる作品の充実がすごいです。
流星子を主人公とするトラベルミステリはその後もずっと続いていて、シリーズ全体は星子シリーズと呼ばれていますが、『少女トラベルミステリ』では星子が一人旅する星子ひとり旅シリーズのみ扱っています。

それまで日本人作家の少女向け連作ミステリはありませんでした──すみません。あるかどうか探してみたのですが見つかりませんでした。少なくとも星子ひとり旅シリーズ以前の少女(若い女性)が主人公の人気連作シリーズを見つけることはできませんでした。
一般向けにはもう既に山村美紗先生や夏樹静子先生の数多い著作がテレビドラマ化されたり、赤川次郎先生の『三姉妹探偵団』が1982(昭和57)年に刊行されたりしていますが、少女向けとなるとなかったように思います。

『殺人切符は♡色』は恋に憧れる、元気でおっちょこちょい、義侠心も強い合気道三級の女子高校生、流星子が、友達が学校の女番長にいじめられた時、その義侠心を発揮したせいで停学になってしまい、ペットの猫ゴンベエを連れて思い立って長崎へと旅立つところから始まります。その旅の途中、ミステリアスな美男子や、星子を助けてくれるお調子者の謎の青年美空宙太、そして殺人事件と遭遇することになります。

毎回旅先で殺人事件が起こり、魅力的な男性と出逢います。恋に恋するヒロインなので、星子の思春期の欲求についてもちゃんと書かれていて、第八作目『ヴァージン・ロードはAの罠』のあとがきには「なかには、「これ、エッチなんだよォ。やめときなよ」なんて、いう子もいる」と書かれていたくらいかなり革新的でした。(今はティーンズラブ小説などもあり、もろの性描写がある作品も増えていますが、当時はあまりありませんでした。今見ると微笑ましいレベルの描写だと思います)

お人好しな星子が、恋にも謎にも困っている人にもガンガンアクティブに行動し、手を差し伸べる思いが受け容れられたり踏みにじられたりしつつ、真相に辿り着く物語です。
その巻のみのゲストキャラも多いですが、そうではなく後の巻にも出てくるキャラも増えていき、星子を大事に思う男性キャラクターも増えていき、今で言う逆ハー状態を喜ぶ読者さんも多かったようです。

刊行当時は「ワタシも星子みたいにあちこち旅行したい」「ロマンティックな旅行、いいなあ」と思いながらただ楽しく読んでいましたが、一応小説やゲームシナリオの仕事をした後に読み返してみて「うわ、これは書くのえぐいわ」とおののきました。

星子ひとり旅シリーズ「少女が毎回一人旅に出る」「しかも旅先では男性との出逢いがある」というタイトな縛りがあります。物語を書く人ならこれを『毎回』やるというのがどのくらい大変かはお解りになると思います。しかも星子のことを好ましく思う男性キャラはどんどん増えていくんです。つまり複数キャラと関係が深まっていく。そしてそれ以上に女子高校生の『トラベル』なので基本は電車移動です。行き先も重複できません。取材もめちゃくちゃ大変です。

恋愛要素も込みで少女が一人旅する連作ミステリは、書く立場で考えると壮絶です。作品の都合上アクションシーン、バイオレンスシーンも多いです。ここもまたえぐいんですよ。星子は合気道三級で、『殺人切符は♡色』では女番長をやっつけてしまっています。まあまあ強いですが、殺す気でかかってくる男性には当然勝てません。ほどほどの強さを考えながらバイオレンスシーンを練っていくのはすごく難しいです。
でもユーモアミステリです。考えるだけで途方に暮れてきます。
「うーん、これは後進が出ないはずだわ……」と納得しました。

「だとすると幽霊事件シリーズは『後進』じゃないの?」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。そこについては次回書きたいと思います。

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