あるシングルマザーの「ミライが明るくなった理由とは?」~インパクト雇用の事例#1~
インパクト雇用について
「すごく元気になったし、勇気づけられた。こんなに応援してくれているところがあることを、ほかのシングルマザーにも本当に知ってほしい」―こう語ってくださったのは、グラミン日本もプロジェクトに参画している自治体などが提供するデジタル就労支援プロジェクトに出会い、現在はBPO※スタッフとして働く上村あかねさんです。シングルマザーとして仕事を掛け持ちしつつ、中学生のお子さんを育てていますが、以前は体力の限界まで働いてもおカネは残らず、心身ともに余裕のない日々でした
”現時点では”スキルや経験が足りない、あるいは子供の体調不良などで急に休まれると困る―こうした理由からシングルマザーは採用を敬遠されがちです。結果として、潜在的には仕事をきちんとできる能力があったとしても、満足のいく就労機会が得にくく、他の家族形態と比べて母子家庭は貧困率が圧倒的に高いという現実があります。
こうしたシングルマザーや障がい者など「就労の機会が得にくい人々」を雇用対象にすることで、会社や組織に変革をもたらしたり、社会貢献を目指す新しい雇用モデルを「インパクト雇用」と言います。
私たちグラミン日本は、シングルマザーの経済的な自立を目指し、就労支援や少額の融資を行っています。就労支援の一つのモデルとしてインパクト雇用を掲げ、シングルマザーの方を直接雇用ではなく外部委託先にする「インパクト・ソーシング」としてBPO事業を運営しています。
インパクト雇用に関する理解を広げるために発信している当連載。今回は実際の雇用事例とそれを受けて働き手がどう変化したかを、沖縄県在住の上村あかねさんのインタビューを通じてご紹介します。
*BPO=ビジネス・プロセス・アウトソーシング。業務の一部を外部委託すること。
沖縄県の母子世帯状況
沖縄県の母子世帯比率は全国平均の約2倍。就労率は9割を超えているものの、特に世帯収入100~300万円未満の割合は全国より沖縄が高くなっています(以下を参照:参考文献[1])
上村あかねさんインタビュー
休憩もとれず勤務、体力の限界だけどPCは大の苦手
――「糸満市でじたる女子プロジェクト」で研修を受ける前のお仕事や生活状況を教えてください。
ここ何年かはずっと飲食店で働いていました。1日8時間勤務でしたが、休憩もとれないような環境で残業も当たり前、それを週6で働いていたので、かなり限界を感じていました。その後はコールセンターとクレジットカードの勧誘のお仕事を掛け持ちし、コールセンターにはいまも勤めています。
研修を受ける前までは、慣れないことは絶対やりたくないし、やることが怖かった。だから苦手意識があったパソコンを使わずに済む、アナログな仕事をずっとやってきました。
――研修に参加したきっかけを教えてください。
実はすでに研修に参加したことがあった知人から、熱心に受講をおすすめされていたんです。でもパソコンが大の苦手だったので、聞く耳を持たずにいました。けれどその後に挑戦した姉からも「絶対やったほうがいい」と言われ、説明会だけでも見てみようかと思ったのがきっかけでした。
まずは、昨年の夏に説明会へ参加してみました。そこで過去の参加者から、同じようにパソコンが苦手だったけど、挑戦してみたら変わったという話しを聞いたんです。知人からもパソコンのスイッチの入れ方も分からなかったと聞いていたし、「やるかやらないか、選択するのはあなたです」と説明会で言われて、私も変われるかも、難しそうだけど挑戦してみたいかもと、なんだか心が動いたんです。それで、説明会参加後に応募してみることにしました。
パソコンの操作方法から苦戦、でも仲間がいたから頑張れた
――大変だったことは。
まず勉強の時間を作ることがすごく大変でした。これまでと同じ日常生活を送りながら、どこかに勉強を組み込まないといけないけれど、パソコンが分からないからついつい後回しにしてしまって。いざ休日にまとめてやろうとしても集中力がもたない。それでやっと毎日1時間でも2時間でもいいから、とにかくパソコンを開くようになりました。
研修の内容が理解できないというより、そもそもパソコンの扱い方が分からなかったのです…。研修で「こういう操作をしてください」ってサラっと言われるんですけど、その操作がまず分からなくて苦戦しました。
研修の始めには、これまでの人生を5人組で振り返るグループワークがありました。一緒のグループになった皆さんは、それぞれ子供時代に大変な人生を歩んできた人ばかりだったこともあり、一緒に頑張りましょうと意気投合することができました。このときの皆さんが、研修の中でも分からないことを教えてくれたり、効率的な勉強方法を共有してくれたりしたので、助かりましたね。心の支えになりました。
5人組のメンバーは全員似たような境遇でした。勉強は難しいし、日常生活もあるし、中にはパソコンが得意な人がいたのですが、それでも不安がっていましたね。私も提出課題の間違いが怖くて延々と見直したりしていたんです。なので、メンバーが実際に会って、勉強会をよくしていました。「大変だよね、しんどいよね」って共有しながら、みんなで乗り越えた感じです。
いまも勉強は続いている
――グラミンのBPO事業では、どのようなお仕事をしていますか。
人的資本の情報開示を推進しているHRテクノロジーコンソーシアム(以下HRT)からセミナーの準備などを請け負っていて、SNSなどでの告知や登壇者とのやり取り、申し込み人数の確認などを行っています。
大変なのが、セミナー告知にあたっての文章編集や画像作成です。これは研修でやった内容とはまた全然違うので、一から勉強しているような感じです。
それからコミュニケーションの重要性も感じています。登壇者やHRTに、相手が何を知りたいのかを汲み取って返答をしたり、どういう質問の仕方をすればこちらの意図がきちんと伝わるか考えたり。でもどこにいっても生かせることだから、勉強だなと思っています。
「このメール送って大丈夫だったかな」と、難しくて逃げ出したくなるときもあるけれど、いままでの自分になかったスキルなので、その点は嬉しいしこれからも頑張りたいです。実際にいろいろな人とやり取りをするようになったことで、コミュニケーションが前よりスムーズに取れるようになった実感もあります。
働く意味が変わった。稼げるし、違う世界にも行ける
――何が一番変わりましたか。
とにかく、未来は明るいと思えるようになったんですよね。以前働きづめだったときは、常に先が不安だったんです。「私、このままこんなにひたすら働かないと生活できないのかな」って。稼いでいるというよりも、ただ日常生活に必要なおカネを得ているだけで、学びもなかった。
だけど勉強してグラミン日本のお話しもたくさん聞いて、言い方が難しいのですが、働く意味が変わってきた気がしているんです。勉強しながら、自分が変わりながら生きていけるみたいな。働き方や意識の持ち方が変われば、稼げるし、違う世界にも行けるんだって。
また、BPOの仕事は家でできるので通勤もなく、体力的にもだいぶ楽になりました。私にはこの先「シングルマザーを含め、女の人がもっと稼げる世界を作りたい」という夢があって、余った時間は子供やこの夢の準備に充てたいと考えています。
私はグラミン日本と出会ったことで、すごく元気になったし、勇気づけられたし、一人じゃないと思えました。母子家庭をこんなに応援してくれている心強い活動を、以前の私は知らなかった。だから同じシングルマザーの人たちに、もっとグラミンのことを知ってもらいたいと心から思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。今後もインパクト雇用を通じて新しい世界を切り開こうとしているシングルマザーの事例などをご紹介してまいります。
参考文献
1. 沖縄県(2024年)「2023年(令和5年)度 沖縄県ひとり親世帯等実態調査報告書」
https://www.pref.okinawa.lg.jp/kyoiku/kosodate/1008226/1008243/1008244.html