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家業を継ぐ=屋号を継ぐではない。12代続く漆塗り職人を家業に持つ小島ゆりさん

この「家業エイドMAGAZINE」でこれまで取材した方のなかでも、飛び抜けて長い歴史を持つ漆塗りを家業に持つ小島ゆりさん。お話を聞いてみると、ちょっと変わった家業の引き継ぎ方をしていることがわかりました。

3つの軸にわけて漆の活動をしている

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(小島さんのお祖父さまの作品)

──まずは小島さんの家業について教えてください。

私の家業は漆塗り職人で、私で12代目になります。父から漆塗りの技術は教わりましたが、看板は別。父も私も個人事業主という形で漆塗りをやっています。

──12代とは長い歴史をお持ちなんですね。小島さんの実際の漆塗りの活動はどんなことをやっているのですか?

現在3つの軸に自分の活動をわけています。ひとつは職人。取引先のご希望に添ったものを作り納品する制作です。もうひとつは作家。こちらは自分の作りたいものを作り、展示会で発信しています。三つ目は講師活動。具体的には漆のお教室で、ワークショップなどもやっています。

──なるほど。制作や教室はどんなところでやられているのでしょうか。

制作は自宅の一室を作業場にしてもらって、ここ(ビデオ会議中に後ろの部屋を指して)でやっているんです。漆塗りってあまり場所をとらないので。教室は地域の公民館やアトリエ、レンタルスペースなどを使ってやっています。

──何だか楽しそうです。私もやりたくなってきました。

最近は金継ぎなんかも流行っているのでそれもやっていますよ。みんな、頭の中が空っぽになるのがいいみたいです。

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(小島さんが職人として制作された食器セット「五色漆の華やぎ」(COSMOS ON THE TABLE)

──ひとつの器をつくるのにどのくらいの時間がかかるのでしょう?

早いものだと2,3ヶ月でできます。凝っていくと半年、1年かかることもあります。難しい作業はきれいに仕上げることで、細く模様を描いたり、鏡面磨きといってぴかぴかにするのは時間もかかるし難易度も高いですね。

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「とっておきの主役皿」(COSMOS ON THE TABLE)

──やはりそれは受け継がれた才能のようなものなんでしょうか?

いえいえ。単純にどれだけ今まで数をやってきたかでしかないと思いますよ。塗ることが難しいのではなく、きれいに仕上げるには数が必要だというだけ。才能ではなく経験です。何回もやっていけば、綺麗に仕上げられるようになる。

──意外なお言葉でした。

家業の方が有利な理由があるとすれば、それは環境のおかげで小さな頃から経験を積めるという点でしょうね。私は12代目なのですが、才能の遺伝子が12代前から受け継がれているというのはちょっと信用できないよな、と思っています。全くないとは言いませんが、多くは環境によるものなのかなと。

漆塗りの家業に関わり始めるまで

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(小島さんのお父様の展示風景)

──小さな頃からの経験という言葉がありましたが、小島さんと家業のこれまでの関わりはどんなものだったのですか?

小さな頃は、家の中の仕事部屋で祖父と父が漆をやっているのを見ていました。母は家業を手伝うことはありませんでしたね。変に古めかしい江戸時代の制度を受け継いでいるので、後継は直系の男性がやるということになっていたようです。祖母は営業やお付き合いなどをしていました。

──ということは、小島さんが初めての女性だったんですね。

そうです。男の子に継いでもらわなければという気持ちも両親にはなかったようで、継ぐ、継がないどちらでもいいと言われながら育ちました。そのかわり、継ぎたくなった時に教える人がいなくなると困るので教えておくよ、と言ってくれた父に、大学を卒業してから二年間弟子入りをしたんです。

──先に教えておいてくれて、継ぎたくなったら継いでいいというのはかなりフレキシブルで驚きました。

戦前、戦中、戦後の激動の時代に家業を担った祖父は、芸大を卒業した後、教員として働きながら制作をする兼業スタイルを編み出していました。退職してから20年くらいは制作に専念して。祖父がそんな風だったので、他の仕事には就かずに家業を継ぐというプレッシャーはもともとありませんでした。

──それでは、小島さんも弟子入り期間の後は就職を?

はい。少し家業のことを意識して、通販の会社に就職しました。本当に家業を続けていくのなら、いいものを作るだけでは難しい。だから小売の仕組みなどをちゃんと理解しておこうと思ったのです。ちょうど通販業界が紙からネットに移行するタイミングで、結果として仕組みがわかるようになったのはとても良かったと思います。

──サラリーマン時代は制作もしていたのですか?

そのつもりだったのですが、がむしゃらに働いて土日は寝てしまうという生活でなかなか制作は進みませんでした。これは一回専念しないといつまでたっても家業ができないと思って32歳の時にサラリーマンを辞めたのです。ちょうど父が体調を崩して入院してしまった時で、このまま悪くなったらもう教えてもらえなくなると思ったのも理由のひとつでした。お金がなくなったらまたサラリーマンをやろうと思って、それから11年。仕事が好きだったので、今でも生活が苦しくなったらサラリーマンをやろうかななんて思います。

──現在はどのように家業と関わっているのでしょう?

父は今では元気になって、制作をやっています。けれど、同じ会社にいるのではなくお互い別の屋号で個人事業主として活動しています。

──屋号をわけたのはどうしてなのですか?

家業は漆塗りですが、お茶道具の専門になってきていてそれに対して屋号がついていたからです。その屋号に入ると、自由な制作ができないので、私は将来の家業のために新たなジャンル開拓ができればと別の屋号でパラレルに制作を始めました。

──なるほど。伝統はお父様が引き継いで、小島さんは新たなマーケットや顧客を開拓しているんですね。屋号は別々だけれど技術を継いでいく家業との関わりをどんな風に感じていらっしゃいますか?

お互い制作に干渉しないので、自由な制作ができること、それにより家業の幅が広がる可能性があると思っています。父は父で生涯現役で制作を続けるでしょうし、「自分が死んだら自由にしろ」と思っているのだと思います。こういう、会社を承継しないけれど家業を受け継いでいくのは、かえって自由でいいなと思っています。

──家業は必ずしも会社というわけではないんですね。

漆の未来を担うために

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──小島さんが家業を通してこれから目指されていることがあれば教えてください。

私が目標にしているのは、漆を趣味で作る人を増やすこと、漆でできたものを使う人を増やすこと、そして漆を素材として使ってくれる人を増やすことです。まず、漆のことをまだ知らない人にその存在を知ってもらって、どんどん使ってもらいたい。意外と知られていませんが、洗剤で洗うこともできるし、炒め物をいれても大丈夫。特別な日しか使えないというイメージも払拭できたらいいなと思っています。そして、業界全体の課題である材料づくりの担い手不足などを、漆を趣味でやるひとを増やすことで解決できたらいいなと思っています。趣味でやる人が増えれば、材料の需要が増えていきますからね。

──なるほど。それで一番最初の三つの活動に戻ってくるというわけなんですね。

そうです。これからも楽しみながら漆を広める活動をしていければと思っています。

──いつかは、漆の技術を小島さんご自身も承継したいというお気持ちも?

それは、どうかな。私のように、継いでも継がないでもどちらでもいいよ、とした上で、もしやりたければ、教えてあげたいですね。


いつでも継げるように、技術は承継し、本人が決めたタイミングで家業に戻る。その時に足かせになるようなら屋号を継がなくてもかまわない。ある種自由な家業の承継ができるのは、その伝統や技術が確かだからなのかもしれません。「会社を残さなければ」と頭でっかちにならず、その精神や技術、考え方を受け継いでいくことも家業の承継のひとつだと思い知らされるお話でした。

(お写真:小島様ご提供・COSMOS ON THE TABLEより引用/ 文:出川 光)


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本記事の内容・表現は、取材当時の"瞬間"を『家業エイド』視点で切り取らせていただいた、あくまで家業を通して皆様が紡いでいる物語の過程です。皆様にとっての「家業」そして「家業との関係性」は日々変わりゆくもの。だからこそ、かけがえのない一人一人の物語がそれを必要とする誰かに届くことを切に願っております。

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