#13. 画材屋『PEARL』のスケッチパッド
ニューヨークの画材屋『PEARL(パール)』で買った、ボンド紙のパッドである。
『PEARL』は当時の宣伝文句によると、「世界最大のアート、工芸、グラフィックのディスカウント・センター」であった。
2014年に倒産し、現在はもうない。
林美沙希さんのことばかり書いていないで、たまには元グラフィックデザイナーらしい知識も披露しないといけないだろう。
ここに書いてある「16 lb.」とは紙の重さを表し、「16 pounds」と読む。
アメリカではしばしば「basis weight」というもので紙の斤量を示している。
基本となる「紙の種類」と「サイズ」があらかじめ規定されていて、規定サイズに切った紙を500枚重ねたときの重さ(ポンド)が「basis weight」となる。
このスケッチパッドに使われている「Bond」という紙の基本サイズは「17×22インチ」と定められているので、「16 lb. STUDIO BOND」とは、「17×22インチのサイズで500枚重ねたときの重さが16 ポンドのスタジオボンド紙」という意味になる。坪量でいうと60 g/m2くらいに相当する薄い紙である。
このスケッチパッドのデザインについては、特に何か気に入っているところがあるわけではない。
この画材屋『PEARL』に連れていってくれたインドネシア人のE君の思い出として、捨てられないでいる。
私がニューヨークで居候生活をしていたとき、E君が受注してきた油絵だとか、ロゴのデザインだとかを彼と共同制作させてもらっていて、『PEARL』へは、その制作に必要なものを買うために行った。
ちなみに画材屋のことは英語で「art store」という。
発音は片仮名の「アート・ストアー」とはだいぶ違い、「アーストー」のような感じになる。
ニューヨークの画材屋とはどんなオシャレなところだろうと期待したが、さほどの品揃えはなく、商品に土埃(つちぼこり)がかぶっている、通路の狭い店だった。
アメリカ土産として買いたかった「チューブに日本語が書いてないリキテックス」は扱っておらず、そのかわりに、日本のメーカーのアクリル絵具が大量に売られていた。
E君は私が居候していた友人宅(シェアハウスのようなところ)の大家だった。どうやら親が金持ちであるらしい。
キッチンに「男女カップルの写真がプリントされたマグカップ」があったので、この写真に写っているのは誰だと尋ねたら、「これは友達の結婚式でもらったカップで、この新郎はパナソニック(インドネシア支社)の社長の息子だ」と言っていた。
また、「高校時代はアルマーニのシャツしか着させてもらえなかった」とも言っていた。
時間にかなりルーズな人で、「明日は朝からCity(マンハッタン)に行くんだから、絶対に寝坊するなよ」と言っておいて、自分が午後3時まで寝ていたこともあった。
また、「すごい作品が出来たから見てくれ!」と言ってトイレに招き、見事な形のウンコを見せつけてきたこともあった。
そんな人ではあるけれど、彼は私に対していつもやさしくしてくれ、私も彼のことをとても好きだった。
日本に戻ってから、「もしかして人生で出会った友達の中で一番好きだったかもな」と思ったが、再び会うことはできないまま、50代の若さであっけなく亡くなってしまった。
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