ひとあしはやい。海の日と山の日
私は、便利な場所に住んでいて
いつだって、海にも山にも行けるのだ。
私の海の日は、曇り空。
どうして海に行くのか。やっと、手放すときがやって来たからだ。随分と昔…。みんなの前で発表した夢と今から行こうとする海は意味のある場所。まだ夢に届かないまま。過ごしている毎日。
駅を降り、海岸通りを歩く。黄アゲハがふわりと飛び、どっしりした鯉がゆったりと泳いでいる。通りは、とても静かだ。海に辿り着くと、海の家を建てている最中だ。水着姿で砂浜に寝転がっているカップル。ヨット部らしい人たち。旅行客と思われる外国人女性のふたりが海水浴を楽しんでいる。海岸をジョギングしている人。防波堤の上で、景色を眺めている人や読者をしている人。ここの海には、色んな人が集まってくる。
私は、デニムの裾を膝まで上げて、海の中に入った。
「うわぁ。冷たい。」海中散歩が始まった。
海の上を紫色のしじみ蝶が飛ぶ。砂浜には『すべてひとつになる』ことりが姿を現した。
テトラポットのまわりには、たくさんの生物がいるが、名前の知らないものばかり。
泳いでいるカニに触れてみようと思った。その瞬間。
波がやって来た。そのカニは、砂に潜ってしまって
少し残念に感じ、急にカニのことが羨ましくなった。
私は、ずっと現状から逃げたかったのだ。
ふと、この海で泳いだときのことを思い出した。その夏のおわりは、天気が良く、とても暑い日だったが、風が強く波が高かった。海面は荒れているが、潜ると穏やかだったこと。
「問題なんてそんなもんですよ」
手放せたかどうか。
半信半疑のまま、海に背を向けた。
それから数日後…。
定額減税の処理の日々。日本政府に対する批判が溢れ出したそのとき、すごい音がした。
西の窓に、鳥の糞がびしゃりとかけられていた。
「そう。ちゃんと手放さなくてはならないのだ。」
翌月。七月の満月は、食べたくなるようなブラットオレンジ色。その翌朝、
『謙虚』な月と『誠実』な太陽がいっしょになった。
ほんのり赤く染まった朝の月は、思いやりと温もりでいっぱいだ。
「今が、ターニングポイントなのか。いやいやまだまだでしょ。ちゃんと理解できないでいる私は、心が揺れ動いている。」
そして、私の山の日がやって来た。
天気も良くとても暑い。登りはじめ。妙に、足取りが早い。「もっと、ゆっくり登ろう」
そこへ黒い蝶が、道を案内しにやって来てくれた。
山登りの楽しさと言えば、出会う人たちとの挨拶。だけど私は、相変わらず受け身だ。自分から挨拶するのが難しい。あれこれ考えてしまう。とは言っても、私だって少しは成長した。自ら進んで、自然に挨拶できたとき。やっぱり、うれしい。
途中、ひと休みした長椅子の隣の長椅子に、白いモンシロチョウが座った。地面には、ブルーの光沢をもつ茶色のトカゲが大きな目を開いてウロウロしてる。
なんだか、ホッとして
再び、展望台を目指して歩く。その付近に近づくと、青いアゲハと数匹の黒い蝶が迎えてくれた。
展望台から頂上まで、あと少し。深呼吸して、後ろからやって来るおじさんが気になって、速度を上げた。
「マイペースでゆかないと、ことりの声を楽しめないじゃない」そんなこと、忘れてしまっていた。
なんとか、頂上に着いた。標高599m。
そこで、迎えてくれたのは、
オレンジ色のたくさんのトンボ。黒い斑点をもつオレンジ色のシジミチョウ1匹。そこに集まる人たちの達成感に満ちた笑顔。山の向こうに見える入道雲が、まるで踊っているみたいだ。景色を楽しみ、ラムネを飲んだ。山ゆりの甘い香りに連れられて、空に近く、ちょっぴり緊張しながらリフトで下山した。
「自分の影をちゃんと見つめて…それが『真の強さ』だよ」と。