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初冬のそよ風

初冬の冷たい風がキリキリと頬と手をなでる朝だった。

大型商業施設へ向かう無料バスに乗り、車椅子スペースに陣取った。
目の前には2席、いずれも男性が腰かけた。
あとから子供を抱えた母親が乗り込んできた。彼女はベビーカーも持っていた。
私の目の前の男性が、その母親に声をかけた。
「子供を抱っこしていると大変だから座ってください。」
男性は腰を上げた。
その声に母親は気づいたが、彼女と男性との間に1人乗客がいて通路が通れない。母親は座ることを諦めた。
すると、最初に声をかけた男性の1つ前の席に座っていた男性が席を譲った。
母親は座った。
席を譲った男性はヘルプマークを付けていた。

私はこの様子を逐次見ていて、付き添いのヘルパーさんに「優しい世界ね。」と言った。
すると、私の前に座っていて最初に母親に声をかけた男性が振り向き、私にこう言った。
「(私は)膝が悪いんですけど、子供抱えてると危ないからね。」
私は「(その行いが)素晴らしいですよ。」と言った。
事はそこで終わった。

目的地へ着き、信号待ちをしていると、先ほどの母親が席を譲った男性にかけよって何か言っていた。おそらくお礼を言っていたに違いない。最初に声をかけた男性も母親に何かを話していた。
そして、そこにいた全員が信号を渡り、それぞれの行先へと散らばっていった。
私は心の中で、その2人の男性と母親に、「今日はきっと良いことがありますよ。」と呟いた。

温かい、タンポポのようなそよ風が吹いたような気がした。


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