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タイさんの取材ヨレヨレ日記① 雨に濡れた女性記者に負けた夜

私は全国紙で経済記者をしていました。約30年間の記者生活で体験したお話を、いろいろなテーマで書き連ねていこうと思います。読者の皆さんが実際にメディアから取材を受けた時、参考になるお話もあるはずですよ。 

「夜討ち朝駆け」という言葉があります。記者にとっては基本の基本です。忙しい昼間にはなかなか会えない相手の話を聞くため、彼(彼女)が帰宅する頃合いを見計らって、その自宅へ押しかけるのが「夜討ち」。出勤などで自宅を出るタイミングで、相手を捕まえるのが「朝駆け」です。

プライベートな場所と時間で取材を受けるわけですから、夜討ち朝駆けされる側は大迷惑。でも、一刻を争う記者たちには、相手の迷惑など考えている余裕はありません。直属の上司であるデスクから「グダグダしていないで、早くネタ取ってこい」と、厳しいハッパを掛けられる日々が続きます。

「別な銀行と合併する」という情報が流れた、ある大手銀行の専務宅を夜討ちした際のお話です。経営戦略のキーマンである専務の自宅前には、情報の真偽を確認するために、数多くのメディアが張り込み、帰宅を待っていました。

この日は、朝から冷たい雨。私を含めて記者たちは皆、傘をさしていました。専務のハイヤーが照らすライトが、遠くに見えた時です。私の隣で張り込んでいたライバル紙の女性記者が突然、傘をたたみ始めました。休みなく降り続ける雨で、髪や肩がどんどん濡れていきます。

横目でその様子を見ていた私は「どうして傘をささないのかな」と不思議に思っていたのですが、その理由はすぐに判明しました。

この専務は、決して「取材嫌い」ではありません。しかし、氷雨が降る中で、多くの記者たちと長々立ち話するのは気が進まなかったのでしょう。張り込んでいた記者たちに「今夜はもう遅いし、寒いから、明日以降、改めて話を聞きに来てほしい」と呼びかけました。

「それもそうだな。専務やご家族に迷惑だしな」と私たちも思い、張り込みから撤収しようとした、その時です。雨に濡れて立っている女性記者に気づいた専務は、「そのままでは風邪を引くよ。乾いたタオルを貸してあげるから、家にお入り」と話しかけ、彼女だけを自宅に招き入れたのです。

勝負あった、です。雨の中、ずっと一緒に張り込んでいた私たちは、専務の話をまったく聞くことができずにスゴスゴと帰るだけ。傘を閉じて濡れネズミになっていた記者だけは、専務の同情をひいて、じっくりと話を聞く時間を確保できました。

翌日の朝刊でライバル紙に手痛いスクープをされてしまった私が、朝一番でデスクに呼び出され、「だからお前はダメなんだ」と厳しい説教を受けたのは、苦い想い出です。

「あざとくて何が悪いの?」という番組があります。題名を見るたびに、勝ち誇った顔で専務の自宅に入っていった、あの女性記者のことを思い出します。


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