「現場に入り込むことでしか課題を抽出できない」医療系UXデザイナーが見据える未来
Goodpatch Anywhere(以下、Anywhere)のPM兼UXデザイナーを務める北村竜也。医療領域におけるUXを得意とし、研究からクライアントワークまで多方面で活躍する彼は、Anywhereにジョインしてから「こんなに優しい世界があったのか」と感じたという。医療領域におけるデザインの難しさと、リモートワークの可能性について語ってもらったメンバーインタビュー。
内装からグラフィック、そしてUXへ
——北村さんのバックグラウンドについて聞かせてください。もともと、医療分野のデザインが専門だったんですか?
実は、最初にデザインの世界に入ったのは設計事務所で、内装を専門にしていました。カフェやショップのインテリアなどを手掛け、壁紙を選んだり、什器を配置したり、内装屋さんにお渡しする図面を描いたり。その後、2010年頃に独立して、店舗のサインやメニューなどのグラフィックを制作するようになります。とはいえ、僕はもともと専門としては理系で、デザインの体系的な知識があるわけではなかった。
もう少しちゃんと勉強をしたいと思っていたところ、京都D-SCHOOLという場所でUXデザインが勉強できると知り、2015年から通い始めたんです。
——2015年というと、世界的にも「UXデザイン」という言葉が一般の人々に認知され始めた時期ですね
そうそう。ちょうどUXデザインという言葉がアメリカのものづくりの場でも重視され始めて、でも日本の産業にどう馴染ませていけばいいのか見えないから、みんな悩んでいた時期です。
そんな2015年、京都D-SCHOOLで開催していたワークショップのテーマは「未来の医療」でした。これが医療系デザインに注力するようになった最初のきっかけです。D-SCHOOLで出会った奥田充一先生は僕にとって師匠のような存在で、いろいろなことを教えてくれました。
自分の手術体験をカスタマージャーニーマップにした
医療デザインに足を踏み入れたちょうどその頃に、僕は喉の病気になりまして。声帯ポリープができてしまったんです。手術を受けることになったので、自分の手術体験をカスタマージャーニーマップに起こしてみました。
——体を張ったUXリサーチですね
で、それを病院の副院長に見せたら「これは面白いね」と言ってもらえて。やはり医療デザインはいいな、と実感したんですよね。
その頃から、医療ニーズをもらって、それを具現化するという仕事をずっとしていました。治療に関わる医療機器は多くが輸入品なので、日本人の視点が入っていないんですよね。そういう問題をデザインで解決しようとしていました。
——2019年に、もうひとつの転機が訪れたんですよね。それが、HYOGOクリエイティブ起業創出コンテストで採択されたことでした
そうなんです。コンテストで採択されて助成金をもらったので「これは本気でやらないとな」と思いました。そこからは、より具体的に医療とデザインを連携できるよう取り組んできました。医療のDXと同時に、業務委託でプロダクトのUXにも携わるようになります。
たいていのことを不便と思わない人々を前にして、UXの意義を考える
——医療の現場にUXという視点を持ち込むにあたり、業界特有の難しさはどのようなところにあると思いますか?
そもそも医療という業界にはデザインの概念が浸透しているとはいえないので、「なぜデザイン的なアプローチが必要か」という話から入ることが多いと思います。薬事法や保険など、国からの承認ありきで動く物事が多い面もあり、「小さく始める」という手法を取りにくい。「それをするとどのくらい治療成績が上がるのか」というエビデンスを求められるシーンは少なくありません。
それから、医師になる人々は非常に優秀で努力家なので、たいていのことを不便と思わないんですよね。右手でカルテの画面を操作しながら左手でご飯を食べる、なんていう日常を過ごしているわけです。能力と努力で乗り越えてしまうので、「不便なことをデザインの力で解決する」という発想からは遠い現場だといえます。
また、ビジネスモデルという視点では「診療報酬改定」の問題があります。診療報酬やを通常2年に一度見直しするしくみで、これにより報酬料金や薬価が下がっていくことが多いです。広く人々が医療にアクセスできるためには必要なしくみなのですが、ビジネス計画の段階で医科診療報酬や薬価、材料価格が下がることを想定して、医療機器開発にかけるコストを計算し、開発を進めておく必要があります。いいプロダクトを作ろうとして、開発コストや創薬コストをかけすぎると数年後に赤字を生み出すことになりますね。
そう考えていくと、UXデザインやサービスデザインの視点がより生かせるのは「治療」の段階ではなく、その周辺だろうなと。診断や予防、予後など、治療の前後で起きる体験部分において、医師や患者の負担を減らせるのではないかと思っています。
法人化している自分でも大きな案件に関われるAnywhereは理想的だった
——北村さんが2020年にAnywhereメンバーになったのは、どういうきっかけだったんですか?
Wantedlyでメッセージをもらったんです。「え、Goodpatchだ!」と思いました。
UXデザインという領域に携わるようになってから、Goodpatchの名前はよく見かけていましたから。UIUXを専門とするデザイン会社って珍しいので、気になっていたんです。クライアントワークでちゃんと価値を引き出して、組織としても上場していて、かっこいいなと思っていました。だからメッセージをもらったときはテンションが上がりましたね。「やります、やります」という感じでした。
——フルリモート組織の Anywhereという存在は、そのときに知りました?
そうです。法人化していたこともあって、フルコミットはできないのでAnywhereの働き方は理想的でした。僕の拠点は関西なので、東京にいることは少ないのですが、やはり重要だったり面白かったりする案件は東京に集中している。東京にいないけれども大きな仕事に関われるのがAnywhereの良さだと思います。地方在住だからとか、育児があるから時短でとか、そういう条件の壁を越えていけるんですよね。
会社を経営していると、どうしても責任を一人で背負うシーンが多いんです。でも、Anywhereでは責任が分散していて、任せられる。みんなが違う場所、違う時間で働いて、結果を出している。しかも優しいんですよね。クライアントに対してもメンバーに対しても常に思いやりがあって、上下関係の壁がない。案件で得た知見を、メンバーが惜しげもなくシェアしている。こういう世界があるんだなあ、と思いました。
——北村さんはいま、自分の会社を経営しながら、神戸大学の大学院生として医療系の研究も進めていますよね。非常に大変だと思うのですが、どのように両立しているのですか?
Anywhereの仕事は全体の30%くらいですね。メディカル系、ヘルスケア系の案件もありますが、それ以外にも関わっています。大学院は、新しく創設された研究科の一期生なので、これから様々なチャレンジができるだろうとワクワクしています。医療ニーズというのは、外部から観察してもなかなか見つからないものが多いんです。
臨床現場に入り込んでフラットな目で観察をすることで、「これでいいの?」とか「なにか工夫できそうだな」とかいうような、生の課題に出会うことができます。医療に詳しくなくても、医師やコメディカルの方の動きから医療ニーズを組み立てることができるんです。でも、外部から汎用的なニーズを抽出することは難しい。だから、病院に入り込んでUXをやるしかないと思いました。
一方で、業界に染まりすぎると現場でなんとかすることに慣れすぎてニーズを見落としてしまうことがあります。だからこそ、外部としての目を持っておくという意味で、Anywhereは自分にとってありがたい存在です。
——今後、Anywhereでやってみたいことはありますか?
医療系は大歓迎です。医療そのものではなくても、医療を軸に、ほかのなにかを掛け合わせたような案件ならば役に立てるのではないかと思います。注目しているのは、AIやSaMD、行動変容を促すプロダクトでしょうか。
Anywhereは普通に生きていたら会えない人々に会えるから、これからも案件や人との出会いを楽しみにしています。