逆に緑(短編小説)
「みぉりー。みぉりー」
言葉を覚えたての凌也は、「パパ、ママ」よりもまず"色"の名称を次々と指差して連呼しだした。
これは? と消防車のミニカーを差し出してみせると「あかー」と言う。「消防車」はまだ覚えていない。
「リョウヤくんの食べてるそれは?」と訊くと「むらーきー」と答える。「ブドウ」はまだ覚えていない。
しかし、それにしても"色"に関してだけいえばしっかりと識別し、名称もマスターしているのでもしかしたらウチの子には芸術的なセンスが眠っている天才なのではないかというのは、親のエゴだ。
昼間のお散歩中、凌也は空を指差して言う。
「みぉり!」
雲も少ない晴天を我が子は仰ぐ。
「リョウヤくん。空は青だよ。あおー」
「みぉりー。みぉりー」
何故かこの子には空が緑色に見えるようだ。
認識がズレてしまっているのか、それとも独特の感性なのか、凡人の私にはわからない。
だってこの子は天才なのかもしれないのだから。
よくよく思い返してみると、凌也は「あお」と発言したことがないことに気づいた。
まだ発声できないのだろうか、「あか」は言えるのに。
私はその後、試しに目に入った青色を次々に指差して、リョウヤくんこれは何色? と訊いていった。
「みぉりー」
どれを差しても凌也は「みどり」としか答えない。
少しずつ不安になってきた私は、仕事から帰った夫にそれを話した。
「ジイさんの逆だな。お年寄りは緑のことを青って言うけど。ウチの子は青のことを緑って言うんだから。新世代だ」
夫は深刻に捉えようとはせず、そうやって笑った。
「みぉりー。みぉりー」
相変わらず青色を緑色と認識する凌也に、だんだんと不安が隠せなくなってきた。
私はもしかしたら色弱の類のものではないだろうかと疑いだして、凌也を覗き込んだときだ。
「あおー」
凌也は私の顔を指差して言った。
どうやら親の不安は思いのほか子供に伝わるようだ。
「あお」が発声できた安堵感がまた顔色に出てしまったのだろうか。
「あれ。ちがう」
凌也は首を傾げた。
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