コイツがクイズを思い出しているときに考えていたこと。(短編小説)
「ねえ、ちょっとこのクイズ答えてみて」
「どうしたん? いきなり」
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1泊1部屋3万円のホテルに3人で泊まったら1人1万円です。
フロントマンが、3人分の3万円を受け取りました。
そこへ支配人がきて「1000円割引してやれ」と言いました。でも1000円は3人で割り切れないため、フロントマンはとりあえず1人300円ずつ渡しました。
そして残った100円は自分のポッケに入れました。
結局客は1人9700円払ったことになりますね。300円足せば1万円になるし、3人合わせてキッチリ3万円。
ではここでクイズです。
フロントマンのポケットに入っている100円は、いったいどこから出てきたんでしょう。
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「あ、まってそれ聞いたことある! どんなんやったっけな___」
「うん、これの俺の答えがな、不正解なんやけど間違ってはないと思うねん。で、俺と同じ答えを出すヤツがおるんかなっていう疑問」
高校、大学と未熟でありながらも徐々に、それでも確実に大人へと近づくにつれて、うっすらと感じるようになってきたことが、新社会人として会社勤めを始め、本格的に大人です。と線を引かれたときに、僕は実感して、今それは確信へと変わっている。
それは「友人とは選別するもの」ということだ。
「いやー、これ知っとる知っとる。なんか色々計算させて結局元に戻ってくるみたいな__」
「まあ、そんな感じなんかな」
勿論学生の頃から日常を共にする友人と、そうでないただのクラスメートという線引きがあったことは確かだ。
しかしそれは、ただクラスの中では比較的にウマが合うから。といったような妥協のような要因が働いていたからだ。
または、イジメや格差のようなカーストが明確にない平和なクラスでも、中心的な存在とそうでないヤツがいることには全員がやんわりと黙認していた中で、打算的に付き合っていたことも理由としては否定できない。
それに、学生時代は様々なグループに所属していた。クラス、部活、バイト。
僕だけに限らず、みんながみんなそれぞれに自分の立ち位置を見つけ、友人を作ってきた。
「うわーなんやったやろう。絶対どっかで聞いたことあるんやってなー」
「うん、有名なやつらしいからね」
しかし社会人になった今はといえば、会社の中以外に付き合いのある友人を作る、または保つというのは、今まで付き合ってきた複数のグループの中から選定していかなくてはならない。
いや、僕が「友人とは選別するもの」だと実感したのは、付き合う人を絞らなければならなくなったからではない。
僕がこれを思い直すことになったのは、大変失礼な言い方だが、ハズレくじを引いたからに他ならない。
「え、それってなんか心理的なものやったっけ?」
「心理っていうか、なんやろう。でもとにかく俺は、物理的なはっきりとした答えを出したで。そういう考えする人が他にもおるんかなって、今出題してるわけやし」
社員数百人に満たない小さな企業へ入社した僕の唯一の同僚。
彼をハズレと判断した。
互いに唯一の同僚であるため、昼食はほぼ毎日一緒にとる習慣になる。
彼が普段話すことといえば、ゲームかパチンコの話。
自分が熱中していることを、早口で捲し立てている彼には、僕がそれに興味を持っていないことにすら気付いてもいないのだろう。
しかし、趣味が合わないことなど、彼に限らずどんな人にでもある話だ。
僕が最もコイツを軽蔑したのは、志の低さだ。
夢もなければ、近い目標もない。
「確か『結局答えはない』みたいな感じじゃなかったっけ?」
「いや、本来の答えはこの際どうでもええて。お前が純粋にこのクイズにお前自身の答えを出してくれよ」
夢がないことが全くの悪だと思っているわけではない。
「俺はバンドマンになる!」と親のスネをかじり続けている奴よりもコイツの方がよっぽどマシだろう。
ただ、大層な夢を掲げないのならばそれなりの目標を持つべきだと僕は思っている。
例えば勤める企業に関わる資格を取るとか。僕らの会社はそれで手当てがつくのだから目標としていいはずだ。
「それってさ、なんか明確な答えがあるやつ?」
「だから、俺自身の答えは明確に出てんて。間違ってはいたけどさ。お前自身がどういう答えを出すんかを知りたいんよ」
これから僕たちはどうすればより良くなっていくか。そう議論し合って、切磋琢磨試合っていける人と語り合いたいものだ。
コイツと一緒だと僕まで腐ってしまう。
僕は偉そうなことを言える人間でもない。怠惰を貪りたくなる気持ちは人一倍持ち合わせている。
だからこそ、そんな自分を奮い立たせてくれるような、意識の高い友人を、僕は身の回りに置きたい。
「なんやったっけなー。これどんな問題やったっけ」
「記憶の中から答えを探すなって。純粋にクイズを考えて答えてくれよ」
「うわー、なんやったやろ。ダメだ! 思い出せん」
結局コイツは、答えも出さなければ「わかりません」とも言わなかった。
志低いくせに、プライドが高いとか、付き合いきれない。
僕がそのクイズで、脳内で計算など全くせず状況だけをイメージして、導き出した答えは__
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フロントマンのポケットに入っている100円は、いったいどこから出てきたんでしょう。
え、「レジ」やろ。
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「導き出した」などと大層なことも言えない単純で間違ったその答えを明かし「うわー確かにな!」と笑い合える会話をしたいだけだったのに、僕のイライラだけが増した。