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静かな雨が降っている

テレビで見かける女性タレントが、愛には体力が要ると言い、ちょっと腹が減っただけで妻に当たる自分の不甲斐無さを思うと、妻の好きなコンビニのスイーツを買って帰ろうかなと考える。
ファミマに売ってる、あのたい焼きの形のやつ。
一度コーヒー味を買っていったら普通のが好きと言われ、こっそり息子のせいにしたこともあった。

確かに、言葉を並べるにも、花を束ねるにも、絵筆を握るにも、体力が不可欠だった。
「確かに」と言っておきながら、それなら、実際これまでの体力消費の原動力が何だったのかと言えば、胸を張って「愛です」とは言えない。

いつも体力の行方に、右往左往している。

人生100年とは言うものの、平均寿命からすれば、今年38の自分はそろそろ折り返しにかかる、なんて雑な計算をすると、あれ?こんなに早いの?と妙な高笑いが出た。

前野健太さんの曲、「人生って」の歌詞が浮かぶ。
人生って、「あがき」なんですかね。
それを認めたら、どうなるのでしょうか。
あがいた体力の行方って、何処なんでしょう。


友人の紹介で、5年ほどお付き合いさせてもらっているアパレルブランドの、生け込みの仕事がある。
先日もいつものように、市場で朝一番に花を仕入れて、車で水あげしながら、新宿のルミネへ向かった。
甲州街道に入った辺りで、雨が少し落ち着いた。どういう訳か、生け込みの日は雨が多いのだ。
頭上を通る首都高の分厚い柱の手前に、まだ小雨が降っているのが見えた。コンクリートの柱は重たく沈んで、雨の細い線が柔らかく、静かに銀色に光っていた。

朝の9時過ぎにルミネの持ち場につくと、いつもの清掃員が「特別よ」と言いながら近づいてくる。
オレンジ色のユニフォームを着て、たぶん歳は実家の母と同じくらい。
声を少し弾ませながら、スタッフが使っている水場の鍵を開けているからと教えてくれる。そこのシンクの広さが有難い。
自分が花瓶に水を溜めているとき、彼女は少し離れた場所で床のモップ掛けをしている。
気になるところを探して、ささっと軽く拭いている仕草から、仕事は既に終わっているのだと気付いた。
きっと9時過ぎに来る自分を待って、わざわざ声をかけてくれたのだろう。
「私がいる時しかここ使えないんだからね!」と愉しそうに笑って、水場の鍵を閉めて、荷物をまとめて帰っていった。
彼女の気遣いが嬉しかった。
次はコンビニのスイーツ買っていこう。
何の菓子にするか悩むけど、とりあえずファミマのたい焼きのやつにしようと思う。










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