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【連載・地方議会政策サイクルリポート①】政策決議提案、議長マニフェスト実行計画で、実効性、議会の存在感を向上――岩手県奥州市議会

 議会改革の推進に不可欠な存在となりつつあるのが「議会の政策サイクル」だ。総合計画をはじめ長期的な計画に基づいて首長は予算編成し、政策を執行してきた。一方、議会においても任期4年間の計画を立て、政策サイクルを回すことで住民福祉の向上をめざす取組みが増えている。そのような議会の新たな挑戦にスポットを当てるのが「連載・地方議会政策サイクルリポート」だ。第1回では、政策決議提案、議長マニフェスト実行計画(工程表)で実効性、議会の存在感を高めている岩手県奥州市議会の取組みを紹介する。


■決議した提言書を議場で市長に直接提出

奥州市議会では2023年8月の臨時会からライブ字幕配信と生成データに基づく即時会議録速報の取組みを始めている。

 奥州市は岩手県内陸南部に位置する人口11万274人(2023年8月31日現在)のまち。2006年2月、水沢市・江刺市、胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村の2市2町1村が合併して誕生した。

 市議会(議員定数28人)では前期の改選(2018年3月)後、小野寺隆夫議長、佐藤郁夫副議長(いずれも当時)が所信表明の中で、「課題解決に結びつける委員会活動」「常任委員会強化に政策立案・政策提言の実現」と発言。そろって委員会の充実強化を表明したことで一気に政策提言づくりの機運が高まることになった。

 市議会の議会改革検討委員会は2019年5月、「政策立案等に関するガイドライン」を策定。以後、常任委員会を中心に政策提言をまとめ、議員発議の決議案の形式を整え、提言書を委員長や議長が議場で市長に提出することで政策実現の実効性を高めている。

■政策立案、政策提言の“いいとこどり”

 同ガイドラインは、議会基本条例第3条の「議員の活動原則」の一つとして、「把握した市民の意見、要望等をもとに、政策立案、政策提言等を積極的に行うこと」を掲げ、同第7条で「議会は、市長等と常に緊張感のある関係を保持し、政策立案、政策提言等を通じて市政の発展に取り組まなければならない」と定めていることに基づく。常任委員会の所管事務調査で課題解決の検討がされるケースが多いことから、政策立案等の実施主体は「常任委員会が適当」としている。

 政策立案等は「政策立案」「政策提言」に大別できるとし、それぞれ次のように定義した。

①政策立案:市政における課題の解決を図るため、政策を構想し、その実現のために必要な仕組みに関する条例案を議会に提案すること。
②政策提言:市政における課題の解決を図るため、必要と思われる政策を提言書としてまとめ、市長等に対しこの提言書の提出をもって提案すること

 ②の手法として、提言書のとおり提言することについての決議案を議会に提案するという方法が考えられるとし、それを「政策決議提案」と呼称することにした。
「政策立案」(条例案)は可決されれば法的拘束力が生じ、実効性は高いが議会側の負担も大きい。一方、「政策提言」は任意の時期に提言書を提出できるが、その提言に拘束力がない。「政策決議提案」は、政策立案と政策提言の中間的なもので、本会議の時期でなければ提案できないが、政策提言に比べ、議決による議会意思決定としての重み付けができるとしている。つまり、双方の“いいとこどり”が「政策決議提案」なのだ。

 ガイドライン全文は市議会HP参照。
https://www.city.oshu.iwate.jp/site/gikai/42626.html

■提案した政策を当局が実施しないときは「政策立案」(条例化)

*高校生クリスマスワールドカフェ(委員会室での課題共有)(2022年12月17日)。

 政策決議提案の主なサイクルは次の通り。
 ①課題の掘り起こしと調査テーマの決定(常任委員会)→②市民の意見を把握(ワールドカフェ方式で)→③市の現状を調査(所管事務調査)→④先進自治体調査(先進地視察)→⑤市との協議と市民意見調整(常任委員会)→⑥議員総意で発議案提出(全員協議会)→⑦発議案の可決と提言書提出(政策決議提案)→⑧一般質問・委員会調査で是正要求(フォローアップ)

 
「ガイドライン」では、▽政策決議提案をした後において、当局がその政策を実施しないとき▽政策決議提案をしたとしても、当局がその政策を実施しないと見込まれるとき▽条例制定が必要な政策において、当局よりも効果的な条例が立案できると認められるとき――などには、拘束力を持たせる観点から、「政策決議提案や政策提言ではなく、『政策立案』を行う」と明記。執行部も政策決議提案を重みのある提案と受け止め、これまでに出された提言は9割以上が採用されているという。

■市との協議と計画への「組み込み戦略」

*提言項目に関する現地調査(蔵まちモール)(2023年5月2日)。
*提言内容に向けた議員間討議の様子(2023年5月2日)。

 このサイクルの“ミソ”は2点。一つは⑤の市との協議だ。まず、常任委員会の担当書記(事務局職員)は、提言内容について当局施策担当と意見交換を行う。これによって課題の背景確認と提言のブラッシュアップを図る。さらに常任委員会委員(議員)は、提言内容について当局施策担当部課長と意見交換。課題の背景共有とフォローアップでの活用を図る。

 事前調整のように見える意見交換をなぜ行うのか。議会事務局副主幹兼議事調査係長の千田憲彰氏は「(提言の)実現性を高めるため」と強調。意見交換で課題の背景(予算や人材など)を確認することで、提言内容により深みが出てくるという。

 もう一つは、当局計画への「組み込み戦略」。市の主な計画は60以上あり、いずれも見直し時期が設定されている。そこで、これらの計画をテーマとする場合、当局の検討時期に照準を合わせて提言すれば、計画への搭載で施策の実現可能性が高まる。計画への搭載→予算への搭載→提言の早期実現――を想定しているのだ。

■チャットGPTも活用

*「立地適正化計画策定後の事業展開に関する政策提言書」を倉成淳市長(右)に手渡す菅原由和議長(2023年6月28日)。
立地適正化計画策定後の事業展開に関する政策提言書(2023年6月28日 奥州市議会 建設環境常任委員会)提言書
都市計画におけるまちづくりの取組に関する奥州市内外の現状と課題。チャットGPTで対話・討論補助も行った。

 政策決議提案は決議後、休憩時に委員長や議長が議場内で、直接市長に提出している。
 これまでに決議・提出された提案は次の通り。

①公共交通施策に関する政策提言書(総務常任委員会、2019年6月)
②交通安全対策に関する政策提言書(建設環境常任委員会、2019年9月)
③農業振興及び地域6次産業化の推進に関する政策提言書(産業経済常任委員会、2019年12月)
④将来の公共施設の在り方に関する政策提言書(総務常任委員会、2021年6月)
⑤地域おこし協力隊制度を活用した産業振興に関する政策提言書(産業経済常任委員会、2021年9月)
⑥SDGsの実現及び環境問題に関する政策提言書(建設環境常任委員会、2021年9月)
⑦ICTを活用した学校教育に関する政策提言書(教育厚生常任委員会、2022年2月)
⑧立地適正化計画策定後の事業展開に関する政策提言書(建設環境常任委員会、2023年6月)

 このうち①は現議長の菅原由和氏が総務常任委員会委員長だったときのもの。「常任委員会で政策提言が出来上がり、後に続く常任委員会のためにも議会として決まったものがあればいいのではないかとガイドラインがつくられた」と菅原議長は振り返る。

 2020年2月策定の第3次奥州市バス交通計画に、①のうち15施策の提言が採用され予算化。公共交通空白地での自家用有償旅客運送が導入されるなどした(2020年10月)。また、⑤の提言に基づき、地域おこし協力隊の戦略的募集が行われ、伝統産業(南部鉄器産業)への隊員採用が実現している(2022年12月)。

 ⑧はまさに、当局計画への「組み込み戦略」。市では現在、立地適正化計画を策定中であり、計画策定後の事業展開に関する政策提言だ。▽まちの将来像を市民と共有できるグランドデザインを意識した都市計画・立地適正化計画にするため、協働のまちづくりで地域の特色を生かしたエリアマネジメントを展開できるようにすること▽まちづくりを担うキーパーソンを輩出する育成サイクルを構築し、後世に人を遺す取組を推進すること▽各地域の都市再生整備計画を速やかに策定し、国制度に基づく有利な財源措置を獲得しながら、各種誘導施策を実現すること――を求めており、48ページに及ぶ提言書となっている。

 この提言の検討過程では、高校生・市民とのワークショップや議員間討議に加え、チャットGPTで対話・討論補助を行ったのも特徴だ。議員間討議等ではどうしても提言内容に見落としが懸念されるため生成AIとの対話で確認作業を行ったという。

■議長マニフェストに基づき「実行計画(工程表)」策定

表1:議長マニフェスト実行計画(工程表)
表2:議会改革検討委員会検討項目一覧

 市議会は2022年に改選があったが(2月27日告示)、定数を上回る届け出がなかったため、候補者全員に対して奥州市では初の無投票当選になった。

 改選後の3月、議長選にあたって菅原由和氏は議場で「市民に開かれた議会、対話をベースとした議員間討議の制度化、広報・広聴活動の充実・強化、政策立案・政策提言サイクルの充実・強化、議会活動の見える化、この5点を基本とし、議会基本条例に基づいた取り組みを皆様とともに進め、住民福祉の向上と市民に信頼され存在感のある議会を目指して参りたい」と所信表明。その後、各会派、事務局とも協議し、5月には議長マニフェストと任期4年間の工程表を公表した(表1参照)。
 議長マニフェストの柱は、①市議会の「見える化」の推進②広報・広聴活動の充実・強化③政策立案・政策提言サイクルの充実・強化④議員間討議の制度化による十分な審議と市民への説明責任⑤議員のなり手不足解消の調査研究と対策の実施、主権者教育の推進――の5点。実行計画(工程表)では、所管の委員会と具体的なテーマ・時期が明記されているのが特徴。この内容については菅原議長が各会派の代表、委員会の正副委員長に説明し、最終的には全員協議会で了承されたものだ。

 また、各会派からの改革テーマについては議会改革検討委員会で議論。22年8月に監査委員や会派代表質問の導入など5項目を抽出し、検討を進めている(表2参照)。

 菅原議長は今任期4年目には「個人的には第三者評価を含めてきちんと検証して報告したい」と話す。また、誰が議長になっても議長マニフェスト→実行計画(工程表)策定という流れを担保することも考えているという。

 奥州市議会は8月29日に開かれた議会運営委員会で「議員間討議のガイドライン」をまとめた。そこでは議員間討議のルール、実施場面、あり方(対話→議論→討論)、討議結果の事後確認--などを定めている。奥州市議会のさらなる進化に注目したい。

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成果が出てくると議員の意識も変わってきた

――菅原由和議長、議会事務局副主幹の千田憲彰氏に聞く

議会事務局副主幹兼議事調査係長の千田憲彰氏。
菅原由和議長。

 奥州市議会の政策サイクル等について菅原由和議長、議会事務局副主幹兼議事調査係長の千田憲彰氏に聞いた。

■政策の実現性を高めるための二つのポイント

――議長マニフェストの工程表はどのようにしてまとめたのですか。
菅原 最初は会派代表のみなさんに、こういうものを示したいという話をして、それぞれの委員会に項目を割り振りするにあたっては、各委員会の正副委員長にも説明し、委員会の中でも確認してもらった。最終的には全協(全員協議会)で改めて説明して全議員の了解を得た。

――大津市議会のように各会派から項目を出し合い、年間の実行計画をつくるケースもある。
千田
 議会改革検討委員会では任期が始まるたびに各会派に今任期中に改革したい項目を募集し、その中から検討項目を決めている。今任期は2022年8月下旬に項目を決定し、今取り組んでいる。

――実行計画の進捗管理は?
千田
 議会事務局で行っている。
菅原 任期の最後、4年目には第三者評価も含めて、きちんと検証して報告という形で市民にお示したいと個人的には思っている。また、常任委員会などは(構成メンバーが)2年任期で替わるので、中間評価みたいなものをしたほうがいいと思っている。

――政策提言については2019年に「政策立案等ガイドライン」を策定した。
菅原 実はガイドラインは、後付け。先に一つの常任委員会で政策提言ができあがり、後に続く常任委員会のためにもある程度議会として決まったようなものがあればいいとガイドラインがつくられた。
千田 第一の政策提言は菅原議長が総務常任委員長だったときのもので、そのやり方をルール化した。

――政策提言の検討過程で、市当局と協議している。
千田
 ここがミソで、当局と調整するなどあるのか、という話なんですが、する。まず事務局、次に常任委員会の委員長以下のレベルで行う。なぜ協議をやるかというとはっきりいってより政策の実現性を高めるため。課題の背景を確認する。なぜできないのか。予算がないのか、人が足りないのか。背景が分かると、提言の内容により深みが出てくるし、ブラッシュアップもできる。委員の皆さんは部長・課長と協議して、その内容がわかるので、提言書提出後のフォローアップにも有効だ。もう一つのミソが計画の先回り提言。計画に議会の提言が搭載されれば当然予算がつく。そうすれば民意の実現が早まる。

――政策決議提案に対する執行部側の受け止めは?
千田
 いままでに出した提言についてフォローアップをやっており、提言内容に対して、当局側が取り組み状況を説明し、実施予定がないものに対しては理由(たとえば「県でやっているから」「県警でやっているから」)を確認している。実態として提言の9割以上は予算がついている。できていないことは常任委員会の中でチェックしていく。

――市長が替わっても(2022年3月の市長選で倉成淳氏が現職を破って市長に就任)、議会の提言に拒否感はないんですか。
菅原
 そうですね。今の市長は民間出身で、提案や建設的な意見を出してくれ、と言う。議会からの提案はウエルカムだと私は理解している。

――提言の反映状況は議会だよりなどで市民に伝えていると思うが、この施策は議会側の提言がきっかけになったからこそできたと市民に伝わっていますか。
菅原
 もしかすると伝わっていない部分もあるかもしれない。
千田 ワールドカフェなどでかかわった人たちにお知らせする場面をつくったりしているが、積極的にアピールしていきたい。

――これまでの政策決議提案は全員一致なのですか。
千田
 そうです。

――合意しないことはないのですか。
千田
 絶対に相容れないものはテーマにしづらい。ただ、みなさんが共通のテーマでもかなりの数の課題があるので、合意できるところは次々と検討して提言を出していく。
菅原 テーマを決めたにしても、中身については議員間討議でぶつかることはどうしてもある。委員会の中で合意できないものは、省かざるを得ない。

■市民に成果をいかに伝えるか

――ところで議長の任期は(自治法の規定通り)4年でやっているのですか。
菅原
 正副議長ともに4年です。

――今回、議長マニフェストを出して、行動計画を策定した。このプロセスは次の任期は担保されるですか。
菅原
 仕組みは議論してみないとわからない。継続していきたいという思いはある。

――いままでの議員は、次の選挙を考え、個人プレーに走る議員も多かった思う。ところが奥州市議会は委員会や議会がまとまって提言する形が定着してきた。
菅原
 昔ながらの議員は最初のころ、相当業務量が増え、息を切らしている人もいたかもしれない。でも1期4年間やってみて、議員のみなさんに理解してもらっているし、われわれが提言したことが政策として実現、反映されたという成果も見えてきた。成果が出てくると議員のみなさんの意識も変わってきたと感じている。あとはいかに市民の皆様に議会としての成果をわかってもらえるか。それによって議会の魅力や存在感を示していかなければいけない。

大リーグ・大谷翔平選手は奥州市出身。奥州市議会は「チェック」と「提言」による「二刀流議会」を標榜する。

(文・写真/上席研究員・千葉茂明)
*印の写真は奥州市議会提供

〇日本生産性本部・地方議会改革プロジェクト
https://www.jpc-net.jp/consulting/mc/pi/local-government/parliament.html

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