まぎれられてたのにね
まぎれられてたのにね
――セリフは全てマイクを使う。
――転換中の音楽が鳴りやむ。
――客電が消え、舞台上の明かりがつく。誰もいない舞台。
――二人が出てくる。「よろしくおねがいします」など言う。
――女が上手にマイクを取りに行く。
――上手奥に男が寝て、そのそばに客席に背を向ける形で女が座る。
――二人がいるエリアだけがぼんやり明るくなり、まわりは暗くなる。
女「え、私が悪いのかな」
男「ううん、そんなことないよ」
女「え、私、謝った方がいいのかな」
男「謝らなくていいよ」
女「だって、私が悪いのに」
男「悪くないよ」
女「悪くない?」
男「うん」
女「私、悪くない?」
男「うん。悪くないよ」
女「じゃあ、なんで?」
男「え?」
女「じゃあ、なんでこんなことになってるのかな」
男「なにが?」
女「私が悪くないのに、じゃあなんでこんなことになってんの? え、じゃあ、誰が悪いの? 誰のせい?」
男「俺かな。俺だと思う」
女「俺?」
男「俺が悪い」
女「悪くないよ」
男「いや」
女「悪くないと思うよ。どっちも悪くない。今、こうなってるのは、こうなってしまってるのは、どっちのせいでもないと思うよ」
男「ごめん」
女「なんで謝んの?」
男「ごめん。だって、俺が悪いから。俺のことだから。俺が悪いから」
女「悪くないよ。全然悪くない。ねえ。ねえ。自信なくなったんだけど」
男「自信?」
女「私、けっこう自信あったんだけどな」
男「ごめん」
女「だから謝んなくたっていいって。え、なんのごめん? なんに対しての?」
男「自信なくさせて」
女「ごめんね。私が下手なせいで謝らせて。死にたい。私が下手なせいで」
男「下手じゃなかったけど」
女「痛かったよね。ごめんね」
男「痛くなかったけど」
女「痛くなかったんだ」
男「うん」
女「ごめんね。なにも感じさせてあげられなくて」
男「別になにも感じなかったわけじゃないけど」
女「うぬぼれてた、私」
男「うぬぼれてた?」
女「みんなから褒められてね。私、上手だねってよく言われてたんだけどな。今までうまくいかなかったこと、一回もなかったから」
男「違うって」
女「みんな、うまいうまいって、こんなの初めてだって、言ってくれてたから」
男「違うって」
女「違わないよ。あーあ、自信なくなっちゃった。あーあ、私の自信」
男「俺のせいだって。俺が悪いんだって。ていうかさ、さっき誰も悪くないって言った」
女「うん」
男「悪くないよ。だから」
女「じゃあ、誰が悪いの? 誰かが悪くないとおさまりがわるい」
男「だから、誰も。どっちも。ていうか、俺が」
女「私、一生懸命やったんだよ。別に適当にやったわけじゃない。そこは信じてほしい」
男「うん」
女「疑ってない?」
男「うん。疑ってないよ」
女「好きだから」
男「うん」
女「好きだから、大切にしてるから、一生懸命やったし、自信もあった。本当に本当に好きなんだよ。なんだけどな、けど、うまくいかなかった。死にたい」
男「やっぱり俺が悪い」
女「ううん。私だと思う。私が悪い」
男「いや、俺だって。俺のせいだと思う」
女「どうして? どうして、自分のことそんなに責めるの?」
男「疲れてるのかもしれない」
女「疲れてる?」
男「うん。今、頭が良くない」
女「疲れてるから、か。私、全然疲れてないんだけど」
男「俺も、こんなことになるまでは気付かなかったけど、疲れてたみたい。いっぱい移動して疲労困憊」
女「え、でも、私は全然疲れてないよ」
男「うん。だから、俺は疲れてたみたい。だから、全然元気になれなかった」
女「あ、好きじゃないからじゃない? わかった。やっぱり私のこと好きじゃないからだよ」
男「そんなわけないじゃん。好きじゃないわけないよ。好きだよ」
女「あ、ごめん。本当ごめん。冗談で言ったつもりだったけど、全然冗談にならなかった。本当にそんな気がしてきた。冗談ってなに。馬鹿にしてる。本当にそんな気がしてきちゃった。馬鹿にしてる。あー、私のこと好きじゃなかったんだ」
男「ちょっと待ってよ」
女「なに?」
男「好きだよ」
女「なに?」
男「好きだよ。好きなんだって。こっちおいで」
女「だって、おかしいもん。おかしいおかしい」
男「なにが?」
女「こんなことなるわけない。私、一生懸命やったもん。頑張ったもん。私、うまいのに。みんなから上手だねって言われてきたのに、みんな喜んでくれてたのに。全然なんにも自信持てなかったけど、これだけは自信あったのに」
男「みんなからうまいって言われるの?」
女「言われる」
男「そうなんだ。みんな喜んでくれてたんだ」
女「喜んでくれてた。から、自信あったのに。自信あったのに。じゃあ、原因一つしかないじゃん。愛の問題しかないじゃん」
男「好きなんだって」
女「本当に?」
男「本当だよ」
女「本当に好き?」
男「本当に好きだよ」
女「本当に好きなんだね」
男「どうして信じてくれないの?」
女「信じたじゃん」
男「え、だって、信じてないでしょ」
女「だって信じられないんだもん」
男「信じてもらえないの辛いね」
女「辛いんだ。辛くないよ。辛いなんて思ってるはずないよ。なんで辛いの?」
男「もう一回試してみる?」
女「試すって?」
男「もう一回試してみよう」
女「いい」
男「もう一回試してみてよ」
女「いい。疲れてるから」
男「疲れてないんじゃないの?」
女「疲れてるからいい。私だって疲労困憊。同じだけ移動してるのに。疲労困憊ってなに」
男「試してみたらいいのに。俺は大丈夫だから」
女「じゃあ、試してみて、またうまくいかなかったらどうするの?」
男「それは、えっと、またうまくいかなかったら俺が疲れてるからしょうがない」
女「私にやらせといてしょうがないとか言うじゃん。また傷つけるじゃん。自尊心」
男「してよ」
女「しない」
男「やってよ。手、握ってほしい。次はうまくいくはずだから。疲れてないからさ。疲れてないことないんだけどさ。絶対うまくいくっていう根拠はないけど。気合入れるからさ。気合と根性、気合と根性」
女「本当に私のこと好きなの?」
男「うん」
女「本当は私のこと好きじゃなかったらどうしよう。こんな遠いところまで連れてこられてさ、私、ひどいよ。これから一人でどうすることもできない。私のことどうなってもいいの? いいのね?」
男「好きなんだって。好きだから大丈夫」
女「信じてもいい?」
男「うん。大丈夫」
女「不安」
男「不安にさせてごめん」
女「今更好きじゃなかったってわかったら困るな」
男「好きだから安心して」
女「信じてもいいの? 信じてもいいんだよね? 信じてもいいんだよね?」
男「うん」
女「信じてもいいんだよね?」
男「うん」
女「でも、うまくいかなかったから。こんな遠いところで。一人で」
男「ごめんな。俺のせいで。でも、好きっていう気持ちとうまくいかなかったこととは関係ないから。好きだから。信じて。本当に好きだから」
女「やっぱり謝った方がいいのかな」
男「謝らなくていいって」
女「申し訳ありませんでした」
男「謝らなくていいよ」
女「自信なくなっちゃったな」
男「ごめんな」
女「ううん、私の方こそごめん。本当は私のこと好きじゃないでしょ。なのに」
男「好きだよ」
女「本当に?」
男「本当に好きだよ」
女「信じられないんだもん。私だって信じたいのに。信じられないから、信じさせてほしい。これから一人で、一人ぼっちで、どうしようかな。どうしたらいいかな」
男「もう一回試してみる?」
女「しない。どうせうまくいかないから。死にたい」
男「じゃあ、どうやったらいいかな。どうやったら信じてもらえるだろう」
女「なんでもしてくれる?」
男「なんでもする」
女「なんでもしてくれるの?」
男「うん」
女「私のためだったら、なんでもしてくれるの?」
男「なんでもするよ」
女「証明してほしい、私のこと好きなことを。納得させてほしい。たたないってなんだよ。侮辱じゃん」
男「どうやったらいい?」
女「今更こんなところで、私を一人ぼっちにしないでほしい」
男「うん。それは絶対にしない」
女「こんな知らないところで」
男「絶対にしないから安心してほしい」
女「どこなんだ、ここは。それって私のこと大事にしてないってことじゃん」
男「わかんないけど」
女「約束してくれる?」
男「約束する。どうやったらいい?」
女「なに? どうやったら私が信じられるか、自分で考えてほしい」
男「え、やる? やれるよ、俺は。俺だって。好きだからさ、やれるよ」
女「やらない。やらないし、やれないじゃん。やれなかったじゃん。疲れてるじゃん。疲れてるって言ってたよね、疲労困憊とか言ってたよね、さっき」
男「頑張るからさ」
女「頑張らなくていいよ。頑張ったらさ、誰とでもできるじゃん。頑張るってそういうことじゃん。誰とでもやれることをやられても信じられない。それに一体なんの価値があるの? 誰とでもできるんだろうなって思うだけだから。どうせ誰とでもやってきたんだろうなって思うだけだから。どうせ私のこと大切にしてもらえないんだろうなって思うだけだから。また大切にしてもらえないんだろうなって」
男「そっか」
女「え、誰とでもやってるの?」
男「ううん。やってないよ」
女「モテんね」
男「モテんよ。全然モテんよ」
女「モテない男が好きなら俺も考えなおすぜ?」
男「三年目の浮気くらい多めに見ろよ?」
女「え、頑張りさえすれば誰とでもできるの?」
男「ううん。誰とでもはできない」
女「考えてよ」
男「誰ともできない。しない」
女「ううん。どうしたら、私が信じられるか、考えてほしい」
男「考えてるんだけど」
女「考えてるんだけど?」
男「うん」
女「好きなの?」
男「好きだよ」
女「じゃあ、好きなの証明してって」
男「考えてるんだけど」
女「考えてるんだけど?」
男「うん。思いつかない。ごめん」
女「考えてよ」
男「考えてるんだけど。手、握ってほしい」
女「一緒に死んでよ」
男「一緒に?」
女「うん。一緒に死ぬことにしましょう」
男「死ぬの?」
女「うん。嫌? 一緒に死のうよ」
男「嫌っていうか、びっくりした」
女「駄目?」
男「駄目っていうか、びっくした」
女「びっくりしてばっかりじゃん」
男「え、だって」
女「今まで一回も考えたことない?」
男「なかった」
女「そうなんだ、私はずっと考えてた。どこへでもついていくって言ったけど、言いながら絶対にうまくいくはずないって思ってたから。だからいつでも」
男「俺は好きな人と一緒にいられて楽しかった。これからもずっと永遠に一緒にいられるんだって思って楽しかった。のに、幸せだなって思ってた。幸せだなって」
女「不安じゃなかった?」
男「うん」
女「不安じゃなかったんだ。これからは? これからも不安じゃない?」
男「うん」
女「少しも?」
男「うん」
女「これからのことなのにわかるんだ?」
男「わかる」
女「これまではうまくいってても、これまでもうまくいってるとは思ってないけど、これからはうまくいくはずないって思わない?」
男「考えたこともなかった」
女「そうなんだ」
男「幸せだったから。幸せだから」
女「私は駄目だな。ずっと弱いのかもしれない、私。すごく不安」
男「ごめんな」
女「え?」
男「不安に思わせて」
女「私ばっかりが不安に思って? 私ばっかりに不安に思わせて? 私を不安しか思えないようにさせて?」
男「ごめんな」
女「一緒に死んじゃおうよ。ね」
男「一緒に?」
女「うん。ね」
男「死ぬの?」
女「ね。もうどこにも行けないんだからさ。死んじゃうしかないじゃん。死んじゃうのが一番幸せじゃん。永遠に一緒にいられるじゃん」
男「まだまだ」
女「え?」
男「まだまだどこにでも行けるって」
女「行けない」
男「どうして?」
女「行けないよ」
男「どうして?」
女「私も疲れてるのかもしれない。私も疲れてる」
男「もうどこにも行けない?」
女「もうどこにも行けない」
男「もうどこにも行きたくない?」
女「もうどこにも行けない」
男「もう一歩も歩きたくない?」
女「もうどこにも行けない。死にたい」
男「おんぶしてあげようか?」
女「もうどこにも行けない。死にたい」
男「そっか」
女「そうだ。やっぱりもう一回フェラしてあげよう。もう一回試してみよう」
男「いいの?」
女「私、なめるの上手なんだぜ」
男「なめるの上手だねってずっと言われてきたんだもんね」
女「みんな喜んでてくれてた。こんなに気持ちいいの初めてだって」
男「そうなんだね」
女「悔しくないの?」
男「悔しいとは違う」
女「悔しい?」
男「悔しい」
女「もし、うまくいけば、私のこと愛してくれてるって信じられるし。そうしたら、それだけでいいし」
男「よし。うまくいくように俺も頑張ろう」
女「え、頑張らなくていいじゃん。生理現象なんだし。頑張ったってどうにもならないことなんだし。頑張らないでよ。絶対頑張らないで」
男「好きだよ」
女「私も」
男「頭触らせて。髪の毛くしゃくしゃにさせて」
女「え、なに? 別にいいよ。わかってるんだけど」
男「いや、ちゃんと伝えておこうと思って」
女「ちゃんと伝えておくことは大事なことだもんね」
男「そうでしょ」
女「うまくいけばいいんだけど」
男「うまくいかなかったらごめんね。本当に俺だって疲れてるみたい。うまくいかなかったとしても好きじゃないってことじゃないからね。信じてね。信じて。好きだから。俺のこと信じて。信じてほしい。お願いだから俺のこと信じてほしい。信じて。お願い。信じて。好きだから。好きだって、信じて。信じてね。信じてほしい。信じて。俺のこと信じて。信じてね。信じてね」
女「うまくいかなかったら仕方がないよ。仕方がないけど、仕方がないんだけどね。気持ちよくさせてあげられなかったらごめんね。本当にごめんね。頑張って気持ちよくさせてあげるから。頑張るけど、駄目だったらごめん。本当にごめんね。私、取柄、いいところ、これしかないのにさ、ごめんね。死にたい。本当にごめん」
男「うまくいかなかったらさ、一緒に死のう。一緒に死ぬしかないんだと思う。手とか握っちゃってさ、」
女「うるさいな」
男「折り重なってさ、」
女「うるさいな」
男「全部さ全部、密着させてさ。うまく表現できないけど、一つになってさ、」
女「うるさいな」
男「二人だけど、一つになって死んじゃってさ。そうしたら、そうしたらさ、信じてくれる?」
女「うん。一緒に死んでくれるんだったら、やっと信じられる」
男「こんな知らない街で、二人で」
女「一緒に死んじゃうの楽しみだね」
――ぼんやり地明かりになっていく。
――二人、挨拶をして終わり。