【母よ】 残りのモツ鍋
母とモツ鍋と、少しの想い出
いつものモツ鍋屋に向かう夜、秋風が少し冷たく感じられるようになっていた。これが、今年の「鍋のシーズン」の始まりを告げていた。お決まりの店は特別な豪華さもないが、温かい雰囲気と何より親しみやすい価格で、何度も訪れてきた場所だ。
母と二人、店のテーブルに座る。この店のモツ鍋は、しっかりとしたダシにぷりぷりのモツがたっぷり入っていて、味わい深い。それを囲むと、二人の会話も自然と弾んでいく。
母がジョッキのビールを一口飲む。「酔ったわ」と笑い声を漏らす母。その無邪気な姿を見ると、心の奥に何かがしみ込んでくるような感覚に襲われる。「あと何回、母ともつ鍋が食べられるだろう?」そんな思いがふとよぎる。普段の日常の中ではあまり意識しないが、こうして一緒に過ごせる時間が特別であることに気づかされる瞬間だ。
鍋の中の具材が少なくなってきた頃、湯気に揺られる母の笑顔が目に映る。静かな時間が流れ、店内にはほかの客たちの笑い声と、鍋が煮える音が心地よく響く。もう遅い時間。母と語らいながらの食事もそろそろ終わりを迎える。
帰り道、冷たい夜風が二人の頬をそっと撫でた。「また来ようね」と母が言った言葉を、私は胸の奥で大切に抱きしめた。こうして今日もまた一日が終わる。日々のささやかな幸せが、まるで鍋の中で少しずつ味わいを深めるように、心の中で溶けていった。
母よ、こんな平凡な夜がずっと続きますように。
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