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音がつなぐ心のひと時(ミニライブ)

とても暑い日になりそうだ。気温は34℃。

福祉会館の1階エレベーターホール前には、パイプ椅子が10脚ほど並べられていた。正午12時、館内放送のチャイム。
「ただいまより、'P-T&RO'さんの『駄目な時でも』憩いのミニライブを始めます。階段席もご用意いたしております。ぜひお集まりいただき、お楽しみください。」

曜日を間違えたフライヤ


この日のために、本番のシミュレーションし、イメージトレーニング万全にやって来た。

また、開き直ったりもした。


開演

Chopinのエチュードをおもむろに弾き始めた。シンセサイザーの鍵盤はとても軽く、クラシックのピアノ曲を弾くにはタッチの感覚がなじまない。序盤で演奏がわからなくなってしまい、しれっとリハーサルを装って最初から弾き直した。
そもそも、鍵盤の数が圧倒的に少ないため、ポジションをずらしている。

失敗は1回限り。無事に1曲終わると、拍手が鳴った。
聴いてくれる人がいることは、とてもありがたい。冥利に尽きる。

鍵盤から顔を上げると、
右手には、平日にも関わらず見に来てくれた友人が一人いた。「プール利用の通りすがりです」と言っていたが、わざわざ車を飛ばして来てくれた。
左手には、通りがかりの女性が二人腰かけていた。演奏する僕に会釈してくれた。「あれ? 知人だっけか?」ライブ用にどが入っていない“だてメガネ”をかけていたので、よく見えなかった。あまりじろじろ見るのも失礼かと思いながらも、気になって演奏中にちらちら見ることになった。

無造作に並んだパイプ椅子の真ん中の7割が埋まっていない状態。
正直いうと少し寂しいが、据え付けのソファーに座っていた人や、二階に続く階段の裏側の打ち合わせスペースに腰かけている人たちも、実は聴いてくれている。

The Earth ダメな時でも

ボーカルは明るく語りだす。
「 6年前にちょっと病気をして、それ以来視覚障害になったんです。頭の手術の後遺症で左目がほとんど見えなくなりました。近くに物が来ると影が見えるので、それで判断しています。

初めは本当にショックで、どうしたらいいか分からなくて、"もう無理だ、外にも出られない" と思っていました。でも、周りの人が助けてくれて、外に出るのが怖かったけど、引っ張り出してくれたんです。助けてもらって、6年間かけて少しずつ "やれば何とかなる" と思えるようになりました。

通い始めたリハビリセンターで出会った全盲の人たちが本当に明るくて、冗談を言って笑ったり遊んだりしていました。それを見て、悩んでいた自分がバカみたいに思えてきたんです。彼らでもできるなら、俺にもできるんだと感じました。

練習やトレーニングを続けて、外に出られるようになり、人前で歌えるようにもなりました。本当に周りの人に感謝しています。

病気や障害で悩んでしまうことがあっても、大丈夫です。必ず誰かが助けてくれます。そんな”大丈夫だよ”という思いを込めた歌、歌います。」

「必ず何とかなります。今日がダメでも、明日がありますし、明後日できればいいんです。」

上を向いて歩こう

「手術前は、目が見えなくなるなんて思ってもみませんでした。お医者さんにも ”大丈夫だ” と言われていたんです。でも、手術が終わって目が覚めたら、何も見えなくなっていて、その絶望感は本当にひどかった。”治らない” と言われて、どうしようもない気持ちになりました。あの時は本当にどん底でした。

年老いた母親と一緒に暮らしていたけど、”母親の面倒も見られない、悪いけど先に行こうかな” なんてことばかり考えていました。見えなくなった時点で、もう全部諦めるしかないと思っていました。

でも、今は少しずつ自信がついてきて、やれることも増えてきました。6年かけて、やっと人前に立つようになりました。最初は人前に立つのも嫌でしたし、白杖を持つのも嫌でした。自分が目が見えないことを知られるのが嫌だったんです。でも、白杖がないと周りの人にわかってもらえないんですよね。白い杖を持つことで、目が見えないことを理解してもらえるんです。見てわかってもらえないのは、本人からすると辛いことです。

そんな時は、つい下を向いてしまいます。人の顔を見れないんです。でも、そういう時こそ上を向くべきです。上を向いて歩いて行くしかないんです。」

しこみ

まずは、曲の構成を把握する。

永六輔は、60年代安保の虚しさを唄にしたそうな。
しかし、唄は受け取る側のそれぞれの背景においてそれぞれ心に響くのだから。

ゆめいっぱい

わらわらとプールから上がった小学生たちを連れて、ご婦人たちが階段を降りてきた。「座って聴いて行って、次は、まるこ子ちゃんやるよ!」 という心の叫びも届くことはなく、彼女たちが昼ご飯を食べに会館を出て行くのが見えた。

しこみ

ライブの最後はスタンディングで盛り上がって、そのためには、ピアノ伴奏ではなく、フルバンドに少しでも近づきたい。間奏のソロはSaxを会館中に響かせたい。
そんな思いで、シンセサイザーの音源を工夫、ライブでパフォーマンスできる準備してきたのに。「児童たちよ、帰ってきて楽しもうよぉ。」

シーケンサでドラムのパターンを繰り返しするよう仕込む。本番ではそれを再生して、その上にキーボードでベースと和音を重ねるといった具合に。

という天真爛漫なまる子の夢がテーマ

をライブで実行するんだ。

絵の具の色のように、音に色を散りばめるんだ。

準備の最初は、

を曲の構成を把握するために集める。

シーケンサへは打ち込むのではなく、ニュアンスもそのまま記録するために

で作っておく。

ボーカルのバックのストリングスと間奏には、SAX Solo で派手にといった具合に

曲の進行に合わせて、シンセの中に順番に使う色のついた2本の絵筆を並べておく。上から順に簡単にとりだせるように。

で一つの色の筆を仕込むことから始め、その後

筆を即座に取り換えるためのからくりをシンセにセット。

リズムパターンを鳴らしながら、左でベース色、右で弦楽四重奏色といった具合

パターンの変わり目は、自然にまた、人間の物理的な構造も配慮に入れて

繋ぐことがポイント。

シーケンサの機構的な制約を把握したうえで、つなぎ目を丁寧に素早くやる。ここは本番まで訓練あるのみ。

といった具合に、用意してきた仕込みを抜かりなくパフォーマンスするために、曲の合間のセットにおいて漏れは許されない。

方や、ボーカルは語り続ける。
「僕は、昔、人見知りで、相手の顔をよく見ないで話しをしていました。そういうふうに、下を向いていると人に騙されたりします。
しかし、目が見えなくなってから、人の顔を見ようとするようになりました。よく見えないからこそ、しっかり見ようとするんです。だから、人の顔も見れるようになりました。
自信を持っている人には悪い人も寄ってこないものです。」

元気が出る曲なので、最後にこの曲を。

施設の所長さんも空いているパイプ椅子の1つを埋めてくれた。
彼女も、ゆわば、その瞬間を一緒に作ってきた仲間である。

ミニライブは一瞬に過ぎて過去になりました。
我々が「ありがとうございました」と言うと、客席から所長さんも「ありがとうございました」と返してくれる。

突貫で用意した特設ステージを後片付けをしている最中、一人の女性がボーカルの彼に握手を求めてきた。「頑張ってください」との言葉が嬉しい限りだ。大盛況とはいかなかったが、確実に何かが伝わっていることは間違いない。


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