心の中のマッケンユーが「行け」と言っている
仕事の合間に漫画を描くこと。それだけが僕の生活で唯一心が休まる瞬間だった。誰かに見せようとゆうわけじゃない、ただ描くことそれ自体が目的だった。現実は辛いことばかりだが空想の世界では僕は自由で、絵も話しづくりも素人レベルだが1年以上続いた初めての趣味だ。
でももしこの漫画を読んで面白いと言ってくれる相手が一人でもいたらそれ以上嬉しいことは無いだろう。しかし現実の僕は恋人はおろか、友達と呼べる人さえいない、今は離れて暮らす家族とも連絡は取っていなかった。実家に居たときから特別仲がいいわけではなかったし本音で話したこともない。、、、そもそも誰かに本音を話したことが人生であっただろうか。何か本気で打ち込んだことがあっただろうか。絵を描きながらいつものようにネガティブな考えぐるぐる巡らしているうちに僕は寝落ちしたようだ。
気づくとそこは夢の中だった。何もない白い空間に僕ともう一人若い男が立っている。男は自信満々といったかんじで堂々と立ち、鋭い眼光でこちらを見ているが威圧されてるかんじは無く男の中の熱さが伝わってくるようだった。
「歯に色が着くのが嫌なので僕は水しか飲みません」
バラエティ番組で言っていた何気ないセリフがいやに印象的で、自分は芸能人でもなんでもないけど、同い年ということで勝手にライバル視していた男性俳優。
新田真剣佑だった。
「ここはどこなんですか」
「どこでもいいさ、それよりも描いた漫画を投稿しないのかい」
「そうゆうじゃないんです、これはただの趣味なんで」
「ふーん、それでも誰かに感想を貰えたらいい刺激になると思うんだけど」
「怖いんです、もしつまらないとか下手とか言われたら立ち直れない」
「面白いと思ってくれる人もいるかもしれないよ」
「自意識過剰だってのは分かってるんです、それでも自信が無い」
「自身はやってるうちに勝手につくものさ。厳しいことを言うようだが、それじゃ君は何も成長しない、君自身このままじゃいけないってゆうのは分かってるんだろ?」
「あなたのように容姿や才能に恵まれた人間に僕のことが分るわけがない。僕は運動も勉強もそれなりの努力をしたが結果は出なかった。人付き合いも下手でコミュニティで馴染めたことが無い」
「俺が何もしないで今の地位にいると?」
「そうではありません、でもあなたのしてきた苦労なんて僕の苦悩に比べれば大したことないでしょう」
「君の心のうちは知りようがないけれど確かにそうかもしれない。俺は父親が映画監督で演技が生活に当たり前にあった。アメリカで育ったから英語も話せる。何もしなくても人があっちから寄ってきて友達にも恋人にも困ったことが無い。それでもアジア人だから差別されたこともあったし、芸能界にいると自分より才能も金もある人なんていくらでもいるし努力し続けてやっと現状維持だよ」
「そんなのは贅沢な悩みですよ、僕は努力という言葉が嫌いなんです、努力というのは結果が出せる人から出せない人への言い訳でしかない、能力主義の正当化ですよ」
真剣佑は黙ってしまった。しばらくの沈黙の後苦い顔をしながらポツリポツリと話し始めた。
「人には生まれながらに向き不向きがある、俺のように恵まれた境遇にいるやつもいるし、君のように生き辛い人もいる。でもどちらも変わらないのはそれでも生きて行かなくてはならないとうこと。君は生き辛いなりにやり方を模索する義務がある。」
「そうです、だから憎いんです自分自信が。僕が本当に落ち込むのはあなたのような有名人が活躍してる事ではなく、学生時代にイケてなかった同級生が楽しそうにBBQしてる写真をSNSに挙げてるのを見たときなんです。この人はちゃんと自分の人生を生きてるなって」
「うん」
「分かってるんです、僕が救われるには漫画を投稿するしかない。それでも怖い、自分の内面を世に晒すことが。世の中の表現者はどうして正気でいられるのか」
「君は考えすぎなんだよ、みんな大なり小なり同じような悩みはあると思うけどやってるうちに楽しくなっているんだよ。君だって分かってるんでしょう、行動するしかないって」
「だからあなたに僕の何が分かるって言うんですか」
「分かるよ、だって俺は君だから」
「えっ」
思い返してみると、人生の節目節目で僕は同じような問答を自分の中でしていた。でもいつもやらないほうを選んできたのは自分だった。不幸を撰んだのは自分自身だった。
ごめんマッケン、君はいつでもそばに居てくれたのに。子供の頃いじめを見て見ぬふりをしていた時も、思春期に好きな娘に自分の気持ちを伝えられ無かった時も、大人になってハロウィンではしゃぐ奴らをバカにしてた時も、マッケンは僕に「行け」と言ってくれてた。でもその声を無視し続けた。
「思い出しかい?」
きづくとそこにいたのは確かにマッケンユーなのだがどこか僕の面影がある変な存在、例えるならアプリで無理矢理美化した自分の写真のような。
「ありがとうマッケン、僕やってみるよ」
「ああ」
「最後に聞いていいかい、君はいつから僕の中いるんだい」
「ずっとさ。でもその時どきの姿は足が速かったリョーヤンや、クラス委員の伊藤君、ボソッという一言が面白い田辺だったりするけどね」
「そうだったね、みんな当時僕が憧れていた人達だ」
「君のマンガを読んだ誰かも君のことをマッケンと思うようになるだろう、そうやって世界は周っているんだよ」
夢から覚めると何も覚えていないのだがどこか憑き物が落ちたような清々しい気分だった。ずっとできなかったことも今なら出来るかもしれない。
見る専だったツイッターに漫画を投稿したあと僕はまた眠りについた。