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秋の赤い花

 秋になって涼しくなった。
 食欲の秋、芸術の秋、運動の秋、読書の秋。いろいろあるけど、怪談の秋も良いと思う。

ヒガンバナ

 青々とした葉や稲は秋になると色を落とし、春から夏にかけての色鮮やかさが失われていく。
 そんな中で赤々と咲き誇る花がある。
 ヒガンバナ。
 由来は九月ごろ、日本では秋の彼岸の頃に咲くことからきている。
 英語ではレッドスパイダーリリーと呼ばれているそうだ。
 別名を色々と持っていることでも有名で、葬式花、墓花、死人花、地獄花……とあまり縁起が良くなさそうなものが多い。咲く時期が彼岸と言うこともある。
 秋になるとその赤い花を様々な場所で見ることがある。
 土手、庭先、公園、畑、そして、墓。
 彼岸に咲くということから、寺院や墓地に植栽されていることが多く、また、昔は自宅の近くに墓を設ける家が多かったので、その近辺に生えていることもある。
 大体の植物は、タンポポのように種子を飛ばして生育地を広げるもの、鳥に種子を食べさせ、フンとして生育地を広げるものなど、さまざまな方法で自らの種を存続させようとしている。
 雑草や身に覚えがない木が生えてくるのは、このせいである。
 しかし、ヒガンバナは不稔性という、自ら種子を残せない植物である。これは日本列島で繁殖しているヒガンバナ全体に言える。だから、突然生えてくるということはない。人の手が全く入らない所には生えない。
 寺院や墓地に植えられているのは先述の通り。では、土手や庭先に生えているのは何なのか。
 特徴的な形の花びら、そして鮮やかな赤。秋の頃の鮮やかさが寂しくなる時に咲くということから、人の手によって植えられて愛でられる。
 荒れ放題の土地、山間部などで見かけることがあるかもしれないが。そこはかつて人が住んでいて、管理されていた場所という可能性がある。
 畑や田んぼのあぜ道に咲いているのは、ヒガンバナの球根に目を付けた結果である。ヒガンバナの球根には毒があり、これをモグラなどの害獣への対策として植えていたという。モグラは肉食であるが、エサであるミミズが寄り付かなくなるため、モグラが離れていくという。
 たくさんのヒガンバナが生えている場所は、一株ずつ人が植えたのではなく、球根が分球して繁殖した結果である。

廃病院にて

肝試しに行った四人


 先ほども書いた通り、ヒガンバナの特徴は花びらと色。それに加えて茎が長く伸びる、球根が分球して繁殖するという点である。
 そういったことから、ゲン担ぎとして病院に植えられることもあったらしい。
 ある日、大学生のTさんとその友人たち、四人が肝試しに行こうということになった。友人の一人が車を持っていたので、県外のスポットに行くことにした。
 SNSやブログなどで調べ、とある山の近くにある病院跡に行こうということになった。
 友人の運転でその場所に向かう。当然、夜でまっくら。
 街灯もぽつん、ぽつんとあるくらいで、車のヘッドライトの灯りだけが頼りだった。
 暗がりの中に現れた建物。白かった壁は所々ひび割れて、窓ガラスは全部割られていてそこから植物が建物内に浸入している。
 かつてあった病院は設立当初こそ、地元民から厚い信頼を寄せられていたが、院長の汚職が発覚した後に一気に没落したという。そのほかにも悪い噂が絶えなかった。
 アスファルトのひび割れたところから雑草が生えている。おそらく、駐車場だったところだろう。車を停め、四人は車から降りた。
 それぞれがスマホで辺りを照らすが、薄暗さが際立って非常に気味が悪い。
「うわっ!!」
 と一人が大きな声を出した。
「どうした?」
 Tさんが照らした方を見てみると、大きな顔だけの像があった。乱雑に赤く塗られていて、Tさんたちと同じく肝試しに来た誰かがイタズラをしたのだろう。
「なんだこれ…」
「気持ち悪りぃなぁ」
「なんで顔だけなんだ?」
 と口々に言う。
 病院の入り口を照らしてみると、大きなドアがあり、ガラスがはまっていたところは割られていて、奥の暗闇が見えている。照らしているが、距離が足らなくて中までは見えない。
 ドアノブには鎖が巻かれていて、開きそうにない。
 中に入ってみたかったが、ムリだと分かった四人は文句を言いつつも窓から中を覗いてみた。
 ロビーと待合室を兼ねたところだったようで、長イスと受付、簡素な棚が見えた。イスはクッションがボロボロでコケが付いているし、棚もかろうじて形は残っているもののカビだらけになっている。
 壁にスプレーでラクガキされているところからすると、窓から入ったようだ。
「入ってみるか」
 友人の一人が入れそうなところを探しに離れた。
「おい、あまり離れない方が良いんじゃないか?」
 Tさんはそう言って、急いで友人の後を追いかけた。残りの二人も後に続いた。
 しかし、病院の一つ目の角を曲がったところで、Tさんは前にいたはずの友人を見失ってしまった。

消えた友人


「おい!どこだ!?」
 少し間はあったが、スマホで照らしながら歩いていたので、闇の中に紛れるわけもない。
 友人二人と協力して、見失った友人――Kさんを探し始めた。
 別に地面に穴が開いていたということでもないし、雑草は生えていたが身を隠せるほどの量でもない。
 放棄されたドラム缶や大きなゴミ箱らしきものもある。その陰に隠れているのかと思ったがいない。
「おーい!どこだー!」
 Tさんと友人の一人はあたりを探し、もう一人は車に戻ったかもしれないということで駐車場の方に行った。
 長い間、風雨にさらされた地面はボコボコで歩きにくいし、マナーが悪い連中が捨てていったゴミもある。
 しばらく探していたが、Kさんは見つからなかった。駐車場に行った友人――Oさんが戻ってこないのでTさんと友人――Mさんは駐車場に行くことにした。
 遮るものがない駐車場なのに、Oさんの姿が見当たらない。
「なんなんだ!?今度はOがいなくなったぞ!?」
「ここやべぇかもしんねぇ……」
 ただ、肝試しに来ただけで二人も行方不明になるなんて(そもそも、そういう場所に遊びで来るというのが間違っているが)。TさんとMさんは帰りたかったが、二人を置いて帰るわけにもいかない。
 Tさんが何気なしに病院の二階辺りの窓を見ると、何かいる気がした。スマホのライトで照らしてみると、真っ赤な何かが窓から覗いている。
「うわあっ!」
 Tさんの叫び声でMさんもその窓を見ると、確かに赤い何かがいる。
「なんだあれ……」
 Mさんが身を乗り出して、目を凝らそうとすると、その赤い何かがふっと消えた。
「は?」
「やべえ、やべえ、やべえって!!」
 パニックになり、二人は車に乗り込もうとした。しかし、カギがかかっていて、そのカギはKさんが持っている。
「とりあえず、二人を探さねぇと」
「マジの心霊スポットじゃねえか、ここ」
 Tさん、Mさんは再び建物の方に戻った。
 玄関の前で、
「うぅぅぅぅ……」
 と低い呻き声のようなものが聞こえた。
「なんか、声聞こえたよな」
「ああ」
 その声は玄関の方を向いている二人の右の方から聞こえてきた。それは、Kさんが進んで行った方だった。

病院の裏側へ

 二人は恐る恐る呻き声が聞こえてきた方へ進む。
 角を曲がると、そこには先ほど見た赤い何かが立っていた。いや、少しずつ奥に進んでいるようだ。
 二人は怖いながらも、その赤い何かの正体を掴もうと後を追いかけた。
 赤い何かが角を折れ、二人も続く。が、二人が角を曲がったところで赤い何かは姿が見えなくなってしまった。まるで、Kさんを探していた時のように。
 そして、二人の目の前に広がる光景に驚いた。
 そこにはヒガンバナがびっしりと生えていた。そして、そのヒガンバナの大群の中にKさんとOさんが倒れていた。
「おい!大丈夫か!?」
 二人はヒガンバナをかき分けて倒れている二人に近づき、助け出した。
 Kさんから車のカギを預かり、Tさんが運転して帰った。
 結局のところ、赤い物体が何だったのか、病院の裏に群生していたヒガンバナが何だったのかは分からないままだった。

後日談

 それからしばらくたったある日。Tさんが何気なしにテレビを点けるとニュース番組が流れた。
 ニュースの見出しがテロップで表示されていて、そこには
《廃病院から多数の白骨遺体発見》
 と書かれていた。
 Tさんは先日行った廃病院を思い出して寒気がしたが、空撮で写されているところがその廃病院だったのだ。
 上空から病院を映していて全体が見えるのだが、病院の裏側全体を囲うようにブルーシートが掛かっていた。上側は塞いでいなかったようで、土が見えた。
 裏側のヒガンバナの群生を掘り起こしてみたところ、大量の人骨が発見されたという。きっかけは、廃病院の解体業者が建物回りの整理をしていたところ、ヒガンバナが群生しており、それらを除去するために掘ったところ、白い石のようなものがゴロゴロと出てきたという。
 病院の悪い噂がどんなものだったかは分からないが、実際に黒い部分があったことになる。
 赤い物体が何者なのかは分からないが、Tさんは自分たちを探してもらいたかった患者の霊だったのではないかと思っている。
 しかし、そうだとするならば、何故KさんとOさんが病院の敷地内で行方が分からなくなったのかの説明がつかない。
 裏側で倒れていたKさんとOさんは命に別条がなかったものの、あの一件以来、TさんやMさんとつるむことが少なくなり、口数もかなり減ってしまった。
 のちに、KさんとOさんが病院の院長と副院長のそれぞれの親族であったことが判明した。これは、Mさんが独自に調べてTさんに教えたことなのだが、院長と副院長の名字も住んでいた住所が同じだったことから分かった。
 赤い物体が二人をどうしようとしていたのか、病院が取り壊された上に、二人が何も話さないし、二度とあそこへは近づきたくないとみんなが思っているので、今となっては全てが謎である。

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