伝承者 ボブ・ディラン

『奇妙な世界に』(1993年)。
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ボブ・ディラン、52歳の作品。前作『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥー・ユー』同様、古いフォーク・ソングやブルース、トラッドをディランがアコギ一本でカヴァー。ディラン・オリジナル曲は入っていない。
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ボブ・ディラン作品を聴くときは、歌詞と対訳の読み込みは欠かせないと自分は思うが、弾き語り作品については、もう絶対に対訳読まなきゃいかんと思う。飽きるし、世界に入りこめない。しかし本作の国内盤には、歌詞も対訳も当初ついていなかった。全編弾き語りで歌詞カードなし・・・。ディラン側からの要請とは言え、これはキツかったと思う、当時のリスナーは。
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ネットで調べたら、2014年発売の国内盤紙ジャケに、歌詞と日本語対訳が付いていることが分かったので購入。翻訳はおなじみの中川五郎さん。
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以前『セルフ・ポートレート』を聴いたときと同じように、原曲の方もサブスクでダウンロードし、ディランのカヴァー・ヴァージョンと比較しながら聴くという、ネチネチしたやり方で聴いていた。これやると、いろんな発見があるのだ。
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本作ではどの曲も、歌詞は原曲にだいたい忠実。しかし、ヴォーカルのニュアンス、メロディとテンポには、ディランはけっこう変更を加えている。原曲をディラン流に大胆につくり変えたというのではなく、古い歌に宿るその感情の強さが聴き手にちゃんと届くように、丁寧に聴きやすくアレンジし、再現した感じ。歌の普遍性と歴史の伝承の重要性を信じる、ディランの誠実さが感じとれる。
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アルバム・タイトル曲・冒頭の『奇妙な世界に』と、4曲目『ブラッド・イン・マイ・アイズ』は、アメリカ黒人の戦前ブルース・バンド、ミシシッピ・シークスがオリジナル。女性にフラれたり騙されたりした男の、ボヤきや嘆きが、ちょっとクスッと笑ってしまう原曲。しかし、同じ歌詞なのに、本作ディラン版だと、心の闇だったり、切羽詰まった病的な告白だったりに聴こえてくる。歌い方で伝わる内容が変わるって面白いなと再認識。
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3曲目『ラグド&ダーティ』、5曲目『壊れた機関車』も、ブルースのカヴァー。前者はウィリー・ブラウンがオリジナルで、後者はディランが敬愛するブラインド・ウィリー・マクテルがオリジナル。ミシシッピ系の黒人ブルースマン、ウィリー・ブラウンの音源は今回初めて聴いたが、そのヴォーカルの存在感・凄みに驚いた。本作で、ディラン版よりオリジナルの方が勝ってるかも？と思えたのが、このブラウンの音源だった。戦前ブルースはやっぱり奥深い！
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殺人事件を題材にした“マーダー・バラッド”ものもいくつか収録されているが、6曲目『デリア』が特に印象に残った。博打好きの女性“デリア”に歪んだ愛情を抱いた男の孤独を歌う、ディランの声が切ない。オリジナル楽曲とは言えないかもだが、アメリカのシンガーソングライターのデヴィッド・ブロンバーグが1972年に残したライヴ盤の同曲が、なかなか良い感じだった。
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ジェリー・ガルシアから教えてもらったという、伝承歌『二人の兵士』(8曲目)。南北戦争で死んでいった若い2人の青年の心境と顛末が、静かに歌われる。淡々と歌うガルシア版(1991年)より、ディラン版はエモーショナル。
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そして、ほんと泣けてしまったのが、ラストの『孤独な巡礼』。
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“わたしの仲間やいとしい子供たちに伝えておくれ/わたしを思って泣くのではないと、/わたしはもうこの世からいなくなってしまった/わたしを導き、厳しく容赦ない海を乗り越えさせてくださった同じその手が/どこまでも親切にわたしを助けてこのふるさとに帰らせてくださった”(『孤独な巡礼』)
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墓の下に眠る死者からの、生きている者へのメッセージ。ドク・ワトソンのオリジナル版は、朴訥したヴォーカルで味わいはあるが、それほど感情移入はできない。しかしここでのディランは声にグーッと情感を込める。慈愛に満ちて、ひたすら優しい声。この声でこの歌詞で歌われたら、もう胸がいっぱいになる。
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ブルースやトラッドは、詩はシンプル。ディランのオリジナル曲のような難解さはない。だからこそかもだが、本作は、歌の伝承者・ボブ・ディランの魅力がストレートに味わえるアルバムかなと思う。前作『グッド・アズ・アイ〜』とともに、ディラン・キャリアで独特な場所に位置する作品。大好き。

2024年2月3日　記