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欲望増してしまう僕よ。

新型コロナウイルスの流行により、私の営む静かな海沿いの飲食店も営業自粛で休んだり、開店していても暇を持て余す日々が続いていた3年前の春。

悩みが増えていくなか、もう何が何だかどうしたいのか、何もやることがなく、いや、やらねばならぬことは山ほどあったのだが、過去や未来ばかりをグルグルと考えてしまう。
たくさんの自己啓発本をめくりながら、現実逃避に励むという、アドラー泣かせな生活を送っていた。

なんもオモんな。

田舎、トキメキとか無い。


しかし、その暇な時間は私の人生を変える出会いを与えてくれた。
本、テレビのテロップ、街中の看板、人との会話、LINE、そこに文字がある限り、私の頭は宝探しをするようにわくわくした。宝を見つけようと必死になるあまり、文章や会話の内容はBGMのようにサラサラと流れて消えていく。

よく辛いよ、イラつくよ。

そんな感情すら、文字の力によって薄れる。
あの時、私の人生に大きな光を差しこんできた存在、それは、「回文」だ。

回文を考えてるときは単語だけに集中し、他に何も考えないで済む。あらゆる単語をひたすら逆読みし、言葉がピタリとパズルのようにハマった時の気持ちよさはなんとも言えず、それはそれは病的な程にのめり込んだ。

暗い快楽。

常に忙しくなった頭の中はドーパミンが溢れ出さんばかりで、どうにもならない悩みなど入り込む隙間がなくなる。
今、ここに、集中して生きていけた。回文は当時の私にとって瞑想のようなものでもあった。

暇でマヒ。

しんぶんし、トマト、山本山のあれでしょ。
熱く語ろうとしたら、たいていの人が山本山を言ってくる。山本山は読んでみると回文じゃないのを訂正したいけれど、めんどくさい奴だな、と思われそうなので何度か聞き流した。
回文生活が始まって驚いたのは、普段口数の少ない私が回文について話し出すと止まらなくなる現象。好きが溢れるってこういう事なんだな、と思った。
誰かに教えたい、聞いて欲しい、分かり合いたい。

欲が燃え、もがくよ。

店内にはメニューよりも豊富な回文を書き初め用紙に書いて貼り出すようになった。
お店のSNSの投稿は、回文の写真ばかり増えてきて、ただでさえ少なかったメニューの写真はほとんど姿を消す。
そのうち、回文に食いついてくれる文字好きの方が世の中には一定数いることがわかり、嬉しい気持ちと同時に、もっといいものを作りたいというプレッシャーでますます逆読みが止まらない生活が続く。

いかん…手抜きできぬ展開。


回文の魅力に気づいてくださった方の中には脳梗塞で入院中の男性もいた。

よい、常に熱意よ。

悲喜こもごも、濃き日。

ひきこもるも、濃き日。

一生懸命リハビリに励む彼に送ったお見舞いの回文。
トイレも難しい様子をSNSで知るやいなや、「彼もダダ漏れか」「カシラもお漏らしか」
を恐る恐る送り付けたが、対面での日常会話はあまりした事がなく、いつもは

すっごい敬語っス。

強靭なメンタルを持つ彼はいいねいいね、もっとちょうだい、と喜んでくださり、その後リハビリを重ね、驚異的なスピードで回復していった。

いやはや、早い。


関西に住む姉の婚約報告を受け、すぐさま送ったお祝いのメッセージも回文だった。

すでに兄です。

関西にお兄さんか。

加藤も妹か。

何か言いたい、回文で言いたい。私は加藤じゃないけれど、回文のためなら加藤にだってなる。

私のコミュニケーション能力は回文に支配されていた。
もしも履歴書を書く日が来たら、今まで趣味しか書けなかった趣味・特技の枠いっぱいにマジックペン太字で「回文」と書いてやりたいし、苦手な面接でも熱く語れそうな気がする。

回文にハマり3年。もう出し尽くしたのではないかというほどの大量の回文を作ってきた。
世の中には私よりもずっと昔から回文を考え、発表している人たちがたくさんいる。
なるべく見ないようにしている回文の検索をすると被っているものもたくさんある。そこで感じるのは、もう他の人によってお宝が掘り出されていた悔しさと、同じ答えに至った仲間が日本のどこかにいることへの嬉しさだ。

工夫凝らし、ワシら幸福!

回文にドはまりするきっかけとなった、私のいちばんの傑作がある。
全国の皆様に発表したくてたまらないのだが、ハイレベルの下ネタであるがゆえ、家族や親戚がいる手前、ソレをここには書けないのがとても悔しい。

野グソ急ぐの。

なんて、小学生レベルの下ネタではない。
回文を伝えたいあまり、初対面の方や顔見知り程度の方にもソレを言ってしまい、何度か引かせてきた。大人になってから大人をドン引きさせる経験も初めてで、妙に興奮した。
今ではソレに感動してもらえるかどうかが、仲良くなれそうかどうかの指標みたいなものだ。
「あ、回文の人だ。あれ、ほら、あの回文、何だっけ?」
と聞かれると、手料理のおかわりを求められたような、じんわりと幸せな気持ちでソレを答える。

そんな私の夢は、いつか袋とじ付きの回文の本を出すことだ。
個展もしたい。
個展の名前は「個展へんてこ」に決めてある。
ドンキみたいに18禁カーテンをくぐるコーナーも作ろう。

できる、やる気で!

大成功した日には、美味しいお肉をみんなで食べたい。

いいリブ、羽振りいい!




そろそろ回文はお腹いっぱいだよぅ、と思われた方、どうもすみません。
けれども今日から目につく文字の逆読み生活を始めてしまう方、一方的ではございますが心の友と呼ばせてください。


ズレた子、へこたれず!

沼る日も、怯まぬ!

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