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しっぽのないうさぎ

 ひいばあちゃんち。
 ここには、前に一度だけ来たことがある。
 そのときのおれはまだ幼稚園児で、特急に乗れたことばっかりがうれしくて、ほかのことなんか、ほとんど記憶していない。
 覚えているのは、すごく古くて、すごく広い家だったことと、門からお城が見えたことと、窓辺の日なたで小さなおばあさんがまるまるように座っていたこと。それくらい。
 その人がおれのひいばあちゃんなんだけど、動かないししゃべらないから、「もしかして人形?」とおれは疑った。
 母ちゃんが何か話しかけて、「ほら、ターくんもごあいさつして」とおれの背中をつついた。おれが「こんにちは、太一(たいち)です」といったら、ひいおばあちゃんは「ん」とうなずいた。それで「あ、人間だ」って思った。ううん、つい、そういっちゃって、母さんに「バカね」って怒られた……。
 へぇ。ほとんど記憶していないって思ってたけど、考えてると思い出せるんだなぁ。
 でも今日、ひいばあちゃんちに来て、「なんか違うぞ」とおれは思った。家が縮まった気がするし、お城も消えてる。門からは、でかいマンションしか見えないのだ。
 そのお城では、イベント開催中。
 ほとんど会わなかったひいばあちゃんだから、会うのは気が進まなかった。だけど、用がすんだらお城のイベントに連れていってあげるって母さんにいわれて、歴史にハマり中のおれは、また特急に乗ってきたわけだ。
「あれ?」
 やっと気づいた。ひいばあちゃんはどこだ? 今日も、日なたでまるまってるのかな。「来たよ」って教えてあげないと、びっくりするんじゃないの?
 おれはひとりで、家にあがりこんだ。
 母さんは、まだ靴を脱いでいない。脱ごうとしたとたん、電話がかかってきたせいだ。「ゆうちゃん?」って電話に出たから相手はわかった。優花おばちゃん。母さんの妹だ。
 母さんはおばちゃんと話しこんでいる。玄関には日が当たって、暖かそうだ。
 家の中は、マジで寒い。
 エアコンが入ってないし……っていうか、エアコンがどの部屋にも見当たらないし、こたつもストーブもないし……雨戸が閉まった部屋もあって、あちこちが薄暗い。
 前にひいばあちゃんに会った部屋に行ってみた。小さな机に写真立てがのっていた。
 それは、おれのじいちゃんの写真だった。母さんのお父さんで「タケオ」って名前だ。じいちゃんのお葬式があったのは、去年。黒い服のおとなたちをながめながら、じいちゃんも「ターくん」て呼ばれたのかな、なんて考えてたな、おれ。
 その部屋を抜けて廊下に出た。壁のスイッチをパチンと押すと、廊下の奥がオレンジ色に明るくなった。電気は流れてるんだな。なのに、エアコンがないんじゃしようがない。
 行き止まりになった廊下の奥に、引き出しやガラスのとびらが並ぶ家具が見えた。食器棚に似てるけど、もっと小さい。
 近づいて、ガラスの戸をキシキシ開いてみた。中には、茶色の本が並んでいた。もとは違う色なんだろうけど、どれもこれも薄い茶色か濃い茶色になっているんだ。バラバラになりそうな雑誌も何冊か立ててあった。
 これ、ひいばあちゃんの本棚? いつの時代の本? ナツメソーセキとか?
 ガラスの戸をもう一か所、開けてみた。紙がくずれてきた。「あっ」と両手を出したけど、ほとんどは足元に落ちて広がった。
「げ、まずい」
 おれは、玄関をうかがった。
 廊下の反対側がつながっているせいか、耳をすませると母さんの声が伝わってくる。
「そうね、病院も」とか「あの施設が」とか「孫だからね」とか。深刻な感じだった。
 おかげで見つからずにすみそうだ。おれは急いで、散らばった紙を拾った。
 新聞の切り抜きや「ごぼう、にんじん」なんてメモがある紙きれをどんどん重ねていったけど、原稿用紙を見つけたときは手を止めてしまった。作文? 誰の? ひいばあちゃんちに原稿用紙って、似合わないなぁ。
 広げてみると、一行目にこう書いてあった。
『しっぽのないうさぎ』
 これが作文の題名?

 白いうさぎには、しっぽがありません。オオカミにおそわれたとき、かじりとられてしまったからです。
 とてもいたくて、うさぎはなきました。
 でも、うさぎには、こどもがいるのです。タケちゃんという名のかわいい子うさぎです。
 だから、いつまでも、ないていることはできません。
 ある日、白いうさぎは野原に出かけました。
 野原には、おいしいおいしいクローバーがいっぱいです。たくさんつんで帰って、タケちゃんに食べさせてあげましょう。
 ところが、オオカミがあらわれました。
 うさぎは、見つかってしまったのです。
 オオカミはまた、うさぎにおそいかかりました。オオカミにかみつかれながら、うさぎはなきました。こんどこそ食べられてしまう。そう思ってなきました。
 ああ、でも、わたしが死んだら、どうなるの? 子うさぎはどうなるの? おなかをすかせてまっている大事な大事なタケちゃんは、わたしがいないと、なくでしょう。
 力をふりしぼって、白いうさぎは足をけりあげました。オオカミの目をめがけて、けりました。
「うおー、いたいぞ、目が見えない」
 オオカミはにげだして、二度とやってきませんでした。
「ああ、よかった。これからは安心してクローバーを食べられる」
 こんどはタケちゃんをつれてこようと、わたしは思いました。おしまい。

「え、何? これでおわり?」
 散らばった紙をひっくり返してみた。
 原稿用紙は何枚か見つかったけど、ほかのは全部、白紙だった。
 もう一回「しっぽのないうさぎ」を読み返して、こらえきれずに声に出した。
「なんだ、これ。こえー。目つぶしかよー」
 題名を見たときは、かわいい話かと思った。読みはじめて、「ひいばあちゃんって作家だったのかな、すげー」とも思った。
 でも、やだ。なんか、やだ。
 たぶん、ひいばあちゃんは作家じゃない。だって、ヘタだと思うもん。「白いうさぎには」で始まってるのに、最後は作文みたいに「わたしは思いました」になってるし。
 そのとき、廊下のむこう端から、母さんの声が聞こえてきた。
「ターくん?」
 玄関まで駆けもどったおれに、母さんがスマホを握った手をふった。
「待たせてごめん。これから、もう一件、電話が来るの。いい子にしてるよね?」
「お、おう……」
 うなずいてから、おれは、ナイショ話みたいに聞いてみた。
「優花おばちゃんと母さんは、きょうだいだよね? ふたりのお父さんがおれのじいちゃんで、名前はタケオで……」
「どうしたの、急に」
 お母さんはちょっと気味悪そうに、おれの顔を見ている。
「じいちゃんのお母さんがひいばあちゃんで……ひいばあちゃんの子どもはひとりだけ?」
「そうよ。だから、孫は優花おばちゃんとわたしだけ。それで、この家のこともいろいろ相談しないといけないの」
「そうか、タケちゃんが先に死んだんだ」
「タケちゃん? あ、ターくんのおじいちゃんのこと?」
 母さんが、ポカンとした顔になった。
 そうだった、おれはじいちゃんを「じいちゃん」と呼んだことしかなかったからな。
 不意に、母さんは細長く息を吐いた。
「そうだね、子どものほうが先に死んだんだよね。そのことも、ターくんのひいおばあちゃんは、わかってないんだけどね」
 さっき電話で「病院」「施設」っていっていた。去年の「タケオじいちゃん」のお葬式に、ひいばあちゃんは来ていなかった。おれにもなんとなく、ひいばあちゃんが今どうしているか、わかった気がする……。
「ターくん、お城に行くのが遅くなってごめん……あ、電話」
 母さんはくるっと玄関の外を向き、「はい、お世話になります」とスマホにいった。
 電話の相手と母さんが何かを話しはじめると、おれは廊下の奥にもどった。
 胸がドキドキしていた。
 しっぽのないうさぎはひいばあちゃんなの? って思いついちゃったせいだ。
 自分がモデルだから、ひいばあちゃんは最後に「わたしは」って書いちゃったの? こわいオオカミにおそわれて、しっぽをかじられたこともあるけど、タケちゃんっていう子どものために、とうとう反撃したの?
 いや、待て待て。「まさか」だぞ。
 日なたでまるくなって「ん」しかいわなかったあのひいばあちゃんに、オオカミをやっつけることなんかできるわけないよな?
 散らばった紙を本棚にもどして、原稿用紙をいちばん上に置いた。
「なー? まさかだよなー?」
 自分にそういってみた。
 だけど、おれ、もう決めてる。
 お城のイベントは後まわしでいい。電話がすんだら、母さんに聞いてみよう。
 ひいばあちゃんはどんな人? って。


(愛知県教育振興会「子とともに ゆう&ゆう」2019年度2月号掲載)


「中高年こそ童話を書こう!」がわたしの主張でした。大事な思い出を童話の形で残しましょう、「そのまま」書き残せないことは童話に変換しましょうって……今でもそう思っているのですが、本当につらいことなら書かない(思い出さない)ほうがいいのかも、とも思うようになりました。

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