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らくがき新幹線

 おれを乗せて、新幹線が発車した。
 夢のような時間の始まりだ。
 東京駅に着くまで、ゲームし放題!
 新幹線だけど、のろのろ走ってくれたらいいのになって思うほどだ。
 母さんが買っておいてくれたのは、指定席の切符。その席は窓側だった。
 景色を見てたら楽しくて、あっというまに東京に着くわよ、といっていたけど、母さんには天気の予知まではできなかった。
 今日は朝から雨。全国的に雨だ。ところによっては激しく降るでしょうと、テレビのお天気お姉さんがいっていた。
 新幹線が走りだしても、やっぱり雨。
 窓ガラスが濡れているし、山も町もモヤモヤして遠くまで見えないから、外の景色はちっとも楽しくない。
 ゲーム機はこっそりリュックに入れてきた。
 母さんは今朝も「ケイ、大丈夫? スマホ、忘れてない? 何かあったら、すぐ、お父さんに連絡するのよ」ってくりかえしてたけど、「ゲーム機は置いていきなさい」とは一度もいわなかったもん。
 一学期に、おれはスマホデビューした。
 アプリは自由に入れられず、見られないサイトが設定された、小学5年生のおれでも使っていいスマホだ。
 初メールは、東京にいる父さんに送った。
 父さんは4月から単身赴任中なのだ。「ケイが中学生になってからね」といっていた母さんがスマホを買ってくれたのも、父さんと離れて暮らすことになったからだと思う。
 父さんとメールのやり取りをするうちに、夏休みにおれひとりで東京に行くことになった。母さんはなかなか「いいよ」といわなかったけど、父さんが説得してくれた。
『スマホで連絡も取りあえる。おれが子どものころより、ずっと安心じゃないか』って。
 父さんも5年生の夏休みに、初めてひとり旅をしたんだそうだ。
 旅といっても、行き先は父さんのおじいちゃんち(おれのひいじいちゃんち)なんだけど、乗り換えが3回あるし、合わせて5時間くらいかかるし、スマホなんか持ってないから(っていうより、この世になかったのかも?)みんなが心配したんだって。
 父さんからは、こんなメールも来た。
『電車の名前と時刻をびっしり書いたメモと、テレホンカードを持っていったんだ』
 それって、どんなカードゲーム?
 首をかしげるおれに母さんが、公衆電話で使うプリペイドカードだって教えてくれた。
 スーパーの入口のそばで公衆電話を見たことがあるけど、カードは知らなかった。「お守り代わりよ」といって、母さんがくれたテレホンカードをリュックに入れてきたから、今ではおれも、一枚持ってるけどね。

「おかしいなぁ」
 つい、声に出してしまった。
『ゲームは一時間まで。ただし、宿題が全部終わった場合に限る』っていう母さんとの約束のせいで、一時間以上ゲームすることはできなくて、おれはいつも不満がいっぱい。
 それなのに今日は、一時間たたないうちにあきてきた。
 スマホで動画を見ていたとなりの席のお兄さんは、いつのまにか眠っている。通路をはさんだ席のおじさんは、ノートパソコンの画面を見つめている。
『ケイが夏休みでも、おとなは仕事をしてるんだから、迷惑にならないようにね』
 と、母さんがいっていたのを思い出した。
 窓に顔を向けたとたん、トンネルに入った。ガラスは鏡に変わって、自分とにらめっこすることになってしまった。
 おれは、「夢のような時間なのにおかしいなぁ」って顔をしている。
 トンネルを出ても、雨だった。どれだけ外をながめていても、景色は楽しくならない。
 おやつを食べようとリュックを探ったら、チョコと一緒にテレホンカードが出てきた。
 表の面には、新幹線の写真が印刷されている。母さんがそこに、サインペンで父さんの電話番号をメモした。そのせいで、車両にらくがきされたみたいに見える。
『いい? 受話器を持ったら、お金の代わりにテレホンカードを電話機に入れるの。それから、電話番号のボタンを押して……』
 このカードを差し出しながら、母さんは身振り手振りをした。「あーもー、わかってる」と、おれはさえぎった。説明なんか要らないよ。電話はスマホでかけるものだし、電話番号はスマホに登録してあるんだし。
 その話をしたら、父さんがこういった。
『母さんは過保護だな。大丈夫。スマホがない時代だって、父さんにもできた。ちゃんと駅に着けたし、改札口まで迎えにきてくれたじいちゃんに笑ってVサインしたんだから』
 Vサインはダサい。でも、父さんはおれの味方……と思ってたけど、ちょっと待てよ。
 そのすぐ後に、父さんから、こんなメールも届いたっけ。
『新幹線のホームに迎えにいくつもりだが、その日は午前の仕事が長引きそうだ。遅れるときはメールするから』
 改札口でいいのにホームまで迎えにくるなんて、父さんもけっこう過保護かも?
 そんなことを考えながらチョコを食べ終えるころ、アナウンスが聞こえてきた。
 もうすぐ終点、東京駅だ。ここまで乗ってきた人は全員、新幹線から降りる。
 リュックを背負って、おれも降りた。ホームのどこにも父さんの姿は見えない。おれのほうが先に着いたんだな。
 東京の雨は横なぐりだった。ホームには屋根があるのに、風で飛び散ったみたいな細かいしずくが、ときどき顔に飛んでくる。
 階段に避難して、父さんからのメールを確かめようとすると……。
「あれ?」
 スマホの電源が入らない。どうして? これじゃ、届いたメールが読めないじゃん。おれからも送れないじゃん。
 階段を下までおりてみた。
『改札口まで迎えにきてくれたじいちゃんに笑ってVサインしたんだから』
 父さんのそんな言葉を思い出したのだ。
 ホームにいなくても、改札口で会えるかもしれない。おれが父さんを見つければいいんだ。そう思ったのに。
「ゼツボウ的……」
 改札口は、一か所じゃなかった。
 どこで待てばいいかわからないし、人が多すぎる。右を見ても左を見ても、大勢の人がとぎれることなく行きかっている。
 この中から、父さんを見つけることができる? おれを見つけてもらえる?
 握っていたスマホの電源ボタンを押してみた。同じだ。画面は暗いままだ。こわれちゃったのか?
 ホームで待つほうがよさそうだ。おれと連絡を取りあえなければ、父さんはきっとホームまで探しにきてくれる。
 長い階段をのぼって、ドキッとした。
 あっちにもこっちにも新幹線が停まっていて、その向こうが見通せないけど、新幹線のホームっていくつあるの? おれが新幹線を降りたのは、このホーム?
 走ってみた。
 自動販売機、ゴミ箱、売店、公衆電話……何を見ても、このホームに降りたっていう証拠にならない。となりのホームだったかもしれない。その向こうのホームかも……。
 空いているベンチを見つけて、座った。もう一度試したけど、スマホの電源はやっぱり入らない。どうしちゃったんだろう。ゆうべ、たっぷり充電したのに。
「あれ? スマホの充電、したっけ?」
 ゲーム機の充電をしたことは覚えている。いっぱいゲームをしたかったからだ。
 おれはリュックをのぞきこんだ。ゲーム機は、充電切れの心配はいらなかった。
 このゲーム機で父さんに電話をかけられたらいいのに……と、つかみ上げたら、リュックの底に何かが落ちた。
 らくがき新幹線!
 父さんのスマホの電話番号が書いてある新幹線。母さんがお守り代わりにくれたテレホンカードだ。
 さっき見かけた公衆電話まで駆けもどった。
 母さんの身振り手振りを思い出せば、おれにだって電話がかけられる! やった!
「あ……ダメじゃん……」
 このカードを電話機に入れちゃったら、メモしてある数字は見えなくなる。スマホには登録したけれど、おれの頭の中には父さんの電話番号が入ってないんだ。
 それなら、今、覚えるしかない!
 おれは、新幹線に書かれた数字をにらんだ。声には出さず、口だけでくりかえした。魔法の呪文みたいに、何度も。
「よし、覚えた、カンペキ」
 そう信じて、受話器を取る。
 電話機にカードを入れる。
 数字のボタンを押す。
 受話器を耳に当てて待つ。
『ケイか?』
 父さんの声が聞こえたとき、涙が落ちそうになった。雨のしずくが飛んできちゃったなぁってふりで、おれは目を拭いた。

 待合室のいすに座っていたら、走ってくる父さんが見えた。
 ダサいけど、やっぱりこうするしかない。
 ニッと笑って、Vサインをつきだした。
 そのとき、ふと思ったんだ。
 父さんだって、初めてのひとり旅の途中、一度くらいは泣きそうになったかもしれないなって。


 

(愛知県教育振興会「子とともに ゆう&ゆう」2019年度8月号掲載)


コロナ以前、多いときは月に4回ほど上京していました。ですから、この作品は取材なしで書ける! と思っていたのですが、甘かった。案外思い出せないものです。でも何度も上京のチャンスがあるおかげで、ついでに取材することもできました。さらに、わたしは雨女……おなじみの風景なのです。

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