登山道整備は”風景をつくる”こと/岡崎哲三さんに近自然の哲学を学ぶ
登山道整備でよく聞く言葉、「近自然工法」「近自然河川工法」。自然に近い、近づけるみたいなイメージはなんとなく持てるけれど、実際どんな哲学を持っているのか、大雪山山守隊の岡崎哲三氏から学ぶ機会を得た。
登山道整備の目指すところ
10年後、どんな景色を想定しているのか。ビジョンはあるのか。
荒れた登山道を修復するにあたって、道としての機能だけを見てしまいやすい。そのため、直し方、やり方など、具体的な部分だけ注目されがちだった。
でも大事なのは、その背景となる景色である。10年後に直した場所が、どんな景色になるだろうか。時間がたつにしたがって、どのようになじんでいくのかを想定することが大事である。風景を残す。
同時に、道としての安全、歩きやすさ、登山者の意識もあわせて考えていく。というのも、使いづらい道は避けられてしまい、道から外れたところを荒らしてしまうから。段差の高さ、足の置きやすさなど、使い勝手のよさが、道以外の場所を踏み荒らさずに環境を保てる。
登山道整備は、環境の保全と道の利用とのバランスも大事なのだ。
近自然工法とは
近自然工法の定義は、
・生態系の底辺が住める環境を復元する
・構造物の構造は、自然界の構造から学ぶ
のふたつ。
自然に近づける
自然界の構造を知り、それに近づける工夫が必要。そのためには「観察する」ことから。まず、いい環境を知らなければ、もどすべき理想の環境は作れない。その地域の環境や植生など、見ていくことが出発点だ。
日本は基本的に生態系が機能している。なので、まずは植生が戻ることを目標とする。
何も生えていない裸地(らち)は、土砂が流れ出てしまい、周辺の環境をさらにを荒らしてしまう。植物の根や菌糸によって土が流れ出しにくくなり、その場所を安定させる。
また、できるだけ少ない手間と少ない材料で、修復できないかを考えたい。手を入れるのは、最小限、最低限であること。
自然に近づけるとはいえ、負荷の大きいところ(例えば登山者が多いところ)などは、自然素材にこだわらず、道を維持できる材料を使うほうが環境のためになる場合もある。
ただ単純に、目の前の荒れた道を埋めたり歩きやすくするだけではなく、その先にどんな「景色」を作っていくのか、5年、10年先の姿を考えることが大事なのだ。
近自然工法の登山道整備
それでは、どんな方法で道を補修していくのか。答えはひとつではない。カンを鍛える。そのためには観察すること。
また、形で覚えるのではなく、原理を覚えることが大事だ。大筋をはずさなけれれば、安全を損なわない範囲で様子を見ながらやっていくこと。
岡崎さんのお話によく出てくる近自然河川工法を日本で広めた福留氏。師匠と弟子のような関係だったそうだ。だから詳しく教えてくれるかんじではなく、一緒の作業や、会話に出てくる話で察するようにして、体得してきたのだろう。
中でも、印象的なことばをいくつか挙げていた。
この三つが、実際の作業に必要な要素なのだと思う。
”動くものの中に動かぬものを見よ”
丸太や石などをとどめるときに、どこに支えを得るのか?がとても重要で。支えがないと傾斜地では流れてしまう。
だから、どこにそれをとどめておくのか?がメンテナンスのいらない、長もちする道になるのだと思う。
水流と土流
岡崎氏の説明から、ふたつの意識が必要なのではないかと思った。
水の流れ(水流)と土砂の動き(土圧)。
水の流れを考える。
登山道が荒れるしくみ。崩れるのは、踏圧のかかったところに水が流れ込み、流れを呼び込んで速まる。流速が上がるとより一層土砂が流れ出しやすくなり、次第に道がえぐれていく。
表面の土が動くと、植物が生えてきにくい。裸地(土がむき出しの状態)にならないように落ち着かせたい。
大雨が降ったときに観察するのも、大事。
水の勢いをゆっくりにするには、分散させる、蛇行させる、
荒れているところは埋める
広がった道は狭くする
丸太はㇵの字または逆ㇵの字に配置する
土砂の動きを考える
土砂は、時間がたつにつれて動いていく。イメージとしては粘性のあるマグマがゆっくりと移動していくようなかんじ。
どこが動きにくく、どこは移動しやすいのか。その判断がとても重要だ。
それが冒頭であげた「動くものの中に動かぬものを見よ」なのだと思う。
安定させるには、動きにくいもの、動かないものに支えてもらう。たとえば大きな岩、太い木の根、立木などに受けとめてもらうようにする。
刺す
刺さるように、もしくは押された時により食い込むように丸太を設置する
くり抜く、木の根に当てる、道の側面に食い込ませる
ずれる、ひっかかる、咬ます
時間がたって土砂が移動したとき、とどまるように上流側からの圧力を考える。土圧で押された結果、丸太がより強く食い込むように設置する。
長さが足りない。食い込まないなどの場所は、時間がたつと動いてしまう。
長さが足りない場合は、短い材を噛み合わせる、道幅が広すぎるときには狭くするなど、土圧を受けたときにとどまるように設計する。
法面の安定
できあがり直後が完成ではなく、土が堆積したところで完成となる。時間の経過によって斜めの部分が安定するように、土にまかせる。
裸地化が直らないと、ニ次崩壊する。地形全体を安定させないとダメなんだ。自然界が修復していくのにまかせて、良いきっかけを作るように仕向ける。
土砂の流れをイメージして道幅を考える。深さのある道は、土砂が流れ込んだときに狭くなるのを計算にいれる。路盤の高さを上げて法面が安定したときに道幅が確保されるように考える。
土嚢
法面の安定に使える。天然素材で、できるだけ目の粗いものがいいので、岡崎さんはヤシ土嚢を使っている。すき間がほどよく空いていて、植物が生えやすい。
えぐれているところ、道幅が広すぎるところなどに置く。
*土嚢工法はいろいろなパターンで応用できそうなので、あとで詳しく書く。
木の杭で支えない
丸太をとどめるために岡崎さんは丸太の固定に杭を使わない。理由は、杭は丸太が受けた土圧を支えきれないため。時間がたつとゆるんだり、崩れたりして、メンテナンスが必要になる。
杭を利用するときには「てこの原理」を考えること。
まとめ
「近自然工法」がひとり歩きしてしまっている。
そう岡崎さんは危機感を抱いているように見えた。
ただ形をまねるのではなく、真意を理解してほしいとの思いから、この講座につながった。
「景色をつくる」「自然の構造から考える」「答えはひとつではない」。
その場所を観察して、自然の復元力を使い、小さな力で小さな作業でできることから取り組むようにしていきたい。
その考え方が広がっていったら、いいなと思う。